疑うことで探求へ、探求することで真理を見出す
The words they left behind
言葉の書架
彼らが残した、短い断章たち。タップすると、その言葉の背景が開きます。
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意味は状況の中にはない。意味とは、われわれが状況に与えるものである
アウシュヴィッツの後に詩を書くことは野蛮である ― しかし詩を書き続けねばならない
僕の将来に対する唯ぼんやりした不安である
私は幾多の学知を究め、確信に達したと信じていた。しかし或る夜、自ら教えている私自身が、自分の言葉に確信を持っていないことに気づいた
友が友を愛するように、たしかに私はおまえを愛している、謎なる生よ。
我は信ぜんがために知解せんと欲するのではなく、知解せんがために信ずるのだ
哲学は神学の侍女である。しかし侍女は不当に扱われてはならない
悪の恐ろしさは、恐ろしい者によって行われるのではなく、思考しない者によって行われるところにある
一羽の燕は春を作らない
神よ、あなたは我らをあなたに向けて造られた。それゆえ我らの心はあなたのうちに憩うまで安らぎを得ない
一日の始まりに自分に言え、今日は出しゃばり・恩知らず・傲慢・不誠実な者に出会うだろう、と
多額の財産をもつ独身男性は、妻を必要としているに違いない ― これは普遍的に認められた真理である
哲学と宗教は同じ真理を異なる仕方で語る、姉妹たるべきもので敵対者ではない
もし私が宙に浮かび、何一つ感覚できない状態でも、私は私自身の存在を知るだろう
自然は服従することによってのみ支配される
古池や蛙飛こむ水のおと
歴史は勝利者の行列である。敗北した者たちの記憶を救い出すこと、それが歴史家の使命である
Esse est percipi — 存在するとは知覚されることである
運命は自らが回す車輪を誇る、そして星が昇り沈むことを喜ぶ
高価な恵みと安価な恵みは異なる。恵みは高価である、なぜならそれは神の子の命を代価とするからである
私はいつも、天国とは図書館のようなものだと想像してきた
空っぽの心で、形を持つな。水のようになれ。水をカップに注げばカップになり、ボトルに注げばボトルになる。水は流れもし、打ち砕きもする
無数の太陽と無数の地球が、宇宙の無限のあいだを旋回している
はじめに関係がある
一切は苦である。苦の原因は渇愛である。苦の滅は渇愛の滅である。その道は八正道である
神は、永遠の堅き定めによって、すべての人について、自ら生命へ欲する者と、死へ捨てる者とを定められた
シーシュポスは幸福であると考えねばならない
対酒当歌、人生幾何。譬如朝露、去日苦多
自分が地球の一市民であることを真剣に受け取らない限り、人間は自らを滅ぼすだろう
あなた自身が何者であるか、また神が誰であるかを知るならば、あなたは祝福される
危険を冒すことのない革命家は、革命家の名に値しない
我々は海岸で戦う、上陸地点で戦う、野原と街路で戦う、丘で戦う。我々は決して降伏しない
哲学なしには、我々の求めるべき人物に到達できない
己の欲せざるところ、人に施すことなかれ
宇宙の中心に近く、人類の共通の故郷とすら言えるこの地球もまた、天体の一つとして動く
人生に恐れるべきものなど何もない。理解すべきものがあるだけだ
自然の裡にある原因を識らぬ者は、自然の中に描かれた結果を描くことはできない
われらの生の道なかば、正しい道を失って暗い森の中にいた
かくも単純な始まりから、かくも美しく、かくも驚くべき、限りない形態が進化してきた、そして今も進化し続けている
恥の多い生涯を送って来ました
甘いも慣習、苦いも慣習、色も慣習。実在するものは原子と空虚のみ
テクストの外部は存在しない(Il n'y a pas de hors-texte)
Cogito, ergo sum — 我思う、故に我あり
民主主義とは、政府の形式である以前に、共生された経験のあり方である
仏道をならふといふは、自己をならふ也。自己をならふといふは、自己をわするる也
天、常に佑(たす)けんとし、帝、常に承(う)けんとす。天と人と、一なり
もし神が存在しないなら、すべては許される
国破山河在、城春草木深。感時花濺涙、恨別鳥驚心
真の芸術は自然の中に潜む、これを引き出す者こそ真にそれを持つ
神よ、神から解放してください
神はサイコロを振らない
自分の心の内に閃くかすかな光を見逃すな――それはいつか、世界の向こう側から戻ってくる
人間を乱すのは事柄ではない、事柄についての考えである
死は我らに関係なし。我らが在るとき死は無く、死が在るとき我らは無い
真剣すぎる者は危険だ、半分の笑いが加われば彼の真剣さは人を滅ぼさない
植民地の世界は二分された世界である。境界線を引くのは警察の派出所と兵舎だ
われわれが恐れねばならぬ唯一のものは、恐怖そのものである
愛は魂を被造物から被造物の創造主へ、そして被造物の創造主から被造物へと動かす二重の輪の回転である
権力は保持されるものではなく、行使されるものだ。それは関係の網目の中に遍在している
主よ、私を平和の道具にしてください――憎しみのあるところに愛を、争いのあるところに赦しを
時は金なり
自我は自分の家の主人ではない
天は人の上に人を造らず、人の下に人を造らずと云へり
自然という書物は数学の言葉で書かれている
非暴力は私の信条の第一項目であり、最後の項目でもある
玉は砕くべく、白きを改むべからず。竹は焚くべく、節を毀つべからず
決して「見て」もらうためではなく、ただ「あり」さえすれば足りる ― そうであるべきだった
我は百戦の器にあらず、一戦に命を託す者なり。
法は貴きを阿らず、縄は曲れるに撓まず
道を見つけるか、さもなくば作るまでだ(aut viam inveniam aut faciam)
理性的なものは現実的であり、現実的なものは理性的である
現存在は、死へ関わる存在(Sein-zum-Tode)である
同じ川に二度入ることはできない
私は一陣の風、小さな羽根、神の息に支えられて漂うもの
独立と自由ほど、貴いものはない
孤独で貧しく、不潔で獣的で、そして短い
啓蒙は、それが関わるすべてを自己保存の計算へと還元する。そして最後には、自分自身をも一つの対象として換算してしまう
人は、なるべき自分ではなく、なろうと強いられている自分に苦しむ
太陽が明日昇るだろうということは、確実とはいえない
事象そのものへ(Zu den Sachen selbst!)
真理を追う教えは、あなたの思考を縛る者ではない。考えよ、考えることそのものが生きることだから
廻れば大門の見返り柳いと長けれど、お歯ぐろ溝に燈火うつる三階の騒ぎも手に取る如く
人の一生は、重荷を負うて遠き道をゆくがごとし
拳は心に由る、心は拳に現る
露の世は露の世ながらさりながら
すべての人は平等に創造され、創造主から奪うことのできない権利を与えられている
敵を愛し、あなたがたを迫害する者のために祈りなさい
国があなたのために何をしてくれるかではなく、あなたが国のために何ができるかを問いなさい
すべては善くあるべし、万事は善くあるべし、あらゆる種類のことは善くあるべし
外を見る者は夢みる、内を見る者は目覚める
ある朝グレゴール・ザムザが不安な夢から目覚めると、自分が巨大な虫に変わっていることに気づいた
我、人に媚びず、富貴を望まず。
精力善用、自他共栄
我が上なる星々の輝く空と、我が内なる道徳律
行くところにあらずんば、必ず渡るところあり。
国境の長いトンネルを抜けると雪国であった。夜の底が白くなった
雨ニモマケズ 風ニモマケズ 雪ニモ夏ノ暑サニモマケヌ 丈夫ナカラダヲモチ
生きるは所詮、生死一如の旅。四十九年一睡の夢、一期の栄華、一盃の酒
私はブラーエの金字塔の上にわずかな石を積み上げたにすぎない、しかしそのわずかな石が宇宙の形を変えた
不安は、自由のめまいである
見ることは考えることである。物を見ずに物を考えることはできない
真理は道なき土地である。いかなる宗教、いかなる宗派、いかなる経路によっても、それに近づくことはできない
六大は無礙にして常に瑜伽なり。四種曼荼各々離れず
上善は水の如し。水は万物を利して争わず
我々が住むこの世界は、可能な全ての世界の中で最善である
未開人の思考は、劣っているのではない、構造の仕方が違うのだ
他者の顔は、汝殺すなかれ、と語る
花間一壺酒、独酌無相親。挙杯邀明月、対影成三人
人民の、人民による、人民のための統治が、この地上から滅びないために
夫(そ)れ帷幄の中に籌策を運らし、千里の外に勝を決するは、吾子房に如かず。国家を鎮め、百姓を撫し、餉饋を給して糧道を絶たざるは、吾蕭何に如かず。百万の衆を連ね、戦えば必ず勝ち、攻むれば必ず取るは、吾韓信に如かず。此の三者は皆人傑なり、吾能く之を用う、此れ吾の天下を取る所以なり
人は生まれながらにして生命・自由・財産の権利をもつ
絶望の中に希望があり、希望の中に絶望がある──道なき道を歩く者だけが道を作る
死は我々にとって何ものでもない。身体が散り散りになれば、もはや感じる我々が存在しないのだから
「私はここに立つ。これ以上、他のしようがない」 ― 伝承的な結びの言葉
自由とは、つねに異なる思想を持つ者の自由である
どう生きるべきかから、どう生きているかまでの距離は大きい
信仰の真理と理性の真理は、どちらも神から来る、両者が矛盾するなら、どちらかの理解が足りない
偉大なる拒否 — 現にそうなっている秩序に対して、否と言うこと、それ以外のもの、まだ名付けられていないものの名で否と言うこと
哲学者たちは世界をさまざまに解釈してきただけだ。肝心なのは、それを変えることである
惻隠の心、人皆これ有り。羞悪の心、人皆これ有り。辞譲の心、人皆これ有り。是非の心、人皆これ有り
世界は私が考えるものではなく、私が生きるものである
石の中には既に像がある。私はただ余計なものを取り除いているだけだ
人が自分の意志に反して行動を強制されるのは、他者への危害を防ぐためだけに正当化される
この森を守ることは、同じに私の学問を守ることである
the story develops when I start drawing storyboards
美は、私にとって仇敵の如きものであった
私には夢がある。いつの日か、この国が立ち上がり「すべての人は平等に創造された」という信条の真意を実現する日が来ると
我何を知る?(Que sçay-je?)
権力は権力によって抑止されなければならない
私は王のよき僕、しかし神の僕が先である
天下の人皆な相愛し、強は弱を執らず、衆は寡を劫かさず、富は貧を侮らず、貴は賤を敖らず
世にありぬべき事の中に、心に残り、言ふかひなく物あはれなるものから、などなほさる所にもなりにけむ。
千日の稽古をもって鍛と為し、万日の稽古をもって錬と為す
衆縁より生ずる法、我は即ち是れ空と説く
もし遠くを見えたとすれば、それは巨人たちの肩の上に立ったからだ
南無妙法蓮華経
深淵を覗くとき、深淵もまたこちらを覗く
純粋経験とは未だ主観客観の分化してゐない、しかも直接的の具体的意識である
敷島の大和心を人問はば朝日に匂ふ山桜花
必要なしに多を立てるべからず
かのれじぐなちよん(諦念)の心持ちは、我々日本人の生活を考える上で、極めて大切なものではあるまいか
宜しく大體に注目し、小節に拘る勿れ。
在るものは在る、そして在らぬことはできない
人間は一茎の葦にすぎない。しかしそれは考える葦である
私は二つの国の中間にいる、過去を知らず、未来を見ない者たちの間で
我は汝を、汝自身の自由な裁量者として、汝自身の尊厳の鍛冶師として置いた
もし人が小さな娘を息子と同じく学校に通わせるなら、息子と同じように完全に学び、あらゆる技芸の繊細を理解するだろう
洞窟の囚人は、影を実在と信じている
魂よ、外を見てはならない。内へ帰れ。そして見よ――もしまだ自らを美しく見いださないなら、彫刻家のように、自らを刻み、磨き、光らせよ
我々はみな誤り得る。そして誤りから学ぶ――これが唯一の進歩の方法だ
人間は万物の尺度である。在るものについては在ることの、在らぬものについては在らぬことの
朕、始皇帝為(た)れ。後世、数うるを以てし、二世・三世、万世に伝え、窮まり無からしめん
正義は社会制度の第一の徳である、ちょうど真理が思想体系の第一の徳であるように
家は漏らぬほど、食事は飢えぬほどにてこと足る事也。是れ仏の教え、茶の湯の本意也
人は自由に生まれた。しかしどこでも鎖につながれている
聴け、葦笛がいかに嘆くかを。別離の物語を、葦笛が語るのを。葦原から切り取られてから、男も女もその嘆きに泣いている
私は愛への憧れ、知識への探求、人類の苦しみへの耐え難い憐れみという、三つの単純だが圧倒的に強い情熱に支配されて生きてきた
一切衆生、悉有仏性
敬天愛人
人間は自由の刑に処せられている
言語のなかには差異しか存在しない
人生は、苦しみと退屈の間を振り子のように行き来する
春はあけぼの。やうやう白くなりゆく、山ぎはすこしあかりて、紫だちたる雲のほそくたなびきたる。
私たちは生が短いのではなく、生を短くしている
生きるべきか、死ぬべきか、それが問題だ
ブラフマン(梵)は真実、世界は虚偽、個我(アートマン)はブラフマン以外のものではない
鶏頭の十四五本もありぬべし
人固より一死有り。或いは泰山より重く、或いは鴻毛より軽し。用うる所の趣(むき)異なればなり
疾(はや)きこと風のごとく、徐(しず)かなること林のごとく、侵掠(しんりゃく)すること火のごとく、動かざること山のごとし
善人なをもて往生をとぐ、いはんや悪人をや
おもしろき こともなき世を おもしろく
かくすれば かくなるものと知りながら やむにやまれぬ 大和魂
人は女に生まれるのではない、女になるのだ
我々が夕食を期待できるのは、肉屋や酒屋やパン屋の仁愛からではなく、彼らの利己心からである
吟味されない生は、生きるに値しない
私の個人主義というものは、自分が自分で、他人が他人という個人主義なのです
神すなわち自然 (Deus sive Natura)
世界を理解しない者は世界を救えない。しかし世界を愛さない者は、世界を理解することもできない
革命はいまだ成功せず、同志は須らく努力せよ
百戦百勝は善の善なる者に非ざるなり。戦わずして人の兵を屈するは善の善なる者なり
大江東去、浪淘尽、千古風流人物
Aは非Aなり、故にAはAなり
私の国が小さな囲いの中に閉じ込められないでほしい──知性の自由な空気の中で目覚めてほしい
美は物体にあるのではなく、物体と物体との作り出す陰翳のあや、明暗にある
あなた自身の内に家を建てよ。神は、あなたの思う以上に近くにいる
私が森へ行ったのは、意識的に生きたかったからだ――生の本質を見つめ、死ぬときに自分が生きなかったことを知りたくなかったからだ
幸せな家庭はどれも似ている。不幸な家庭はそれぞれに不幸である
穏やかに語り、大きな棒を携えよ。さすれば遠くまで行ける
機械は考えることができるか — この問いは問うに値しないほど無意味である、と私は信じる
合気とは愛なり。天地万物を敬愛し、相親しむの大道なり
僕は絵で人々の心に届きたい ― 彼らに「彼は深く感じ、彼は柔らかく感じる」と言わせたい
目で見、手で触れて確かめないものは、私は言葉にしない
私はあなたの意見には反対だ。しかしあなたがそれを言う権利を、命を賭けても守る
心即ち理なり。天下また心外の事、心外の理あらんや
人間は、単なる「ひと」としてあるのでも、単なる「人々」としてあるのでもなく、常に「間柄」としてある
注意とは、魂を空にして対象を受け取ること。我々のほとんどは注意を払うとはどういうことか知らない
私は自分を祝う、私は自分を歌う。私が取るすべての分子は、またあなたのものでもある
観念が真であるのは、それが我々の役に立つからである。役に立つからこそ、真と呼ぶに値するのだ
語り得ぬものについては、沈黙しなければならない
女性の精神を強化せよ、そうすれば盲目的服従も息絶えるだろう
小説を書こうとするなら、女性は金と自分だけの部屋を持たなければならない
力は山を抜き気は世を蓋う。時利あらず騅逝かず。騅の逝かざるを奈何すべき。虞や虞や若を奈何せん
人の性は悪、その善なる者は偽なり
願くは之を語りて平地人を戦慄せしめよ
願わくは人間の事を棄て、赤松子に従って遊ばんと欲するのみ
昔者、荘周夢に胡蝶と為る。栩栩然(くくぜん)として胡蝶なり。自ら喩(たの)しみて志に適(かな)えり、周たるを知らざるなり
鞠躬尽瘁、死して後已む
衆物の表裏精粗、到らざるなく、吾が心の全体大用、明らかならざるなし
私はパリを貫くために身を削った。石の都市を造り変えるには、石の意志が要る
私はなし得ることをする。ほかにどうしろと言うのか
乾天時の流量だけでも、嵐の水量を見越して倍に取らねばならない。
公園は共和国の肺である。誰もが同じ芝生の上を歩けるように
風は構造の最大の敵であり、最良の教師である
築城は一代、仁政は百代。
片手に論語、片手に算盤。
よく人を残すは上、事業を残すはこれに次ぎ、金を残すは下なり。
積小為大 ― 小を積みて大をなす。
深淘灘、低作堰 ― 水路は深く浚え、堰は低く作れ。
人々の父、プタハ神の子、イムホテプ ― 書物の家の書記、建てる者、癒す者
シェフザーデは我が習作、スレイマニエは我が熟達の作、セリミエは我が棟梁作
真の征服は、法(ダンマ)による征服である
ソロモンよ、わたしは汝に勝ちたり
帝命を奉じて西洋を渡り、凡そ蕃邦の貢ぐ者あり、辺遠未だ化せざる者を柔遠の徳もて懐かしめ、畏威の兵もて撫す
彼(ハンニバル)もまた、戦いの女神の指図に従って陣頭に立つ者である。勝つか負けるかは、我ら二人のどちらにも、この地上で決めることはできない
人の本性は、悲しみへ押し流されるままに沈むことなく、悲しみの後ろに来る小さな光を見つけて、なお話しつづけることにある
学問を築こうとする者にとって、最も望ましくないことの一つは、仕事がまさに完成しようとするとき、その基礎が崩れ落ちることである
限界状況にあって、私たちは初めて、自分がただ世の中を生きているのではなく、世の中を超える何かへと関わっている存在であると気づく
重要なのは、考えることが楽しい営みだということを取り戻すことである。そして、考えることはいつでも、すでに誰かと、あるいは何かと、一緒に行われている
これらの家に住むのは、市民的な意味では「家」と呼ぶにふさわしくない空間である。しかし人々は、そこで生き、働き、愛し、笑い、死んでいる
あらゆる心的現象は、それが何ものかについてのものであることによって特徴づけられる
生命は神的なものの遊びであり、進化は意識がそれ自身へと還っていく道である
立ち上がれ、目覚めよ、そして目的を達するまで歩みを止めるな
長い歳月の前、私たちは運命と約束を交わした。その償いの刻を、いま、果たす時が来た
大胆に仮説を立て、小心に証拠を求めよ
茶は末代養生の仙薬、人倫延齢の妙術なり
血液は絶えず循環し、円環の運動をなしている。この運動は心臓の働きによって果たされる
実存は本質に先立つ
倫理は第一哲学である
心の貧しい人々は幸いである、天の国はその人たちのものである
誰かがヨーゼフ・Kを中傷したに違いない、何も悪いことをしていないのに、ある朝逮捕されたのだから
床前月光を看る、疑ふらくは是れ地上の霜かと。頭を挙げて山月を望み、頭を低れて故郷を思ふ
どこかにある不正義は、あらゆる場所の正義への脅威である
生ぜず滅せず、常ならず断ならず、一ならず異ならず、来ならず去ならず ― かくの如き縁起を、諸々の戯論を寂滅せしめる善きものとして、我は仏陀の説く所に稽首す
美しい日本の私
世界ぜんたいが幸福にならないうちは個人の幸福はあり得ない
ドイツ国民としての我々全員が、何らかの仕方で、ナチスの罪に対する責任を負っている
人間というものは自分について正直に語れない。どうしても自分を飾らずに語ることはできない。
日本人は、いつも思想はそとからくるものだとおもっている。
ただ一つ、これだけは断じて殺されても翻せない主義がある。それは戦争はご免だということだ。
水になじまない人間だという自意識があった。海水魚のなかに淡水魚が一人いるみたいな、自分は何かが間違っているんだろうなという感覚
夢を追うな。現実を追え。
私は一度も、自分の歌は文学なのかと自問する暇を持ったことがない。
私は、人がしゃべったことは基本的には信用しない。
コペル君、君はいったい、どんな人になるつもりなんだろう。
国家とは、根源的な支配権を備え、定住する人間の結合体である。
規範の妥当は、その存在という事実からではなく、別の規範からのみ導かれる。
至高にして全能なる善き主よ ― 讃え、栄光、誉れ、あらゆる祝福はあなたのもの
真に重大な哲学的問題はただ一つしかない、自殺という問題だ
私は反抗する、ゆえに我々は在る(Je me révolte, donc nous sommes)
心はいわば、何の文字も書かれていない白い紙である ― あらゆる観念はそこに経験が書き込むのだ
権力が無制限になった瞬間、それは専制である。主権者も法に従うのでなければ、すでに主権者ではない
私は矛盾するか。よろしい、それなら私は矛盾する。私は大きい、私は多くのものを含む
人々は山の高さ、海の巨大な波、川の広い流れ、大洋の周囲、星の運行を驚嘆しに行く。しかし自分自身のことは顧みない
人生の大部分は、悪く行為しているあいだに、大部分は、何もしないあいだに、全部は、別のことをしているあいだに過ぎていく
友情を結ぶ前には長く吟味せよ。しかし友と決めたのちは、自分自身と語るように彼と語れ
吾十有五にして学に志し、三十にして立ち、四十にして惑わず、五十にして天命を知り、六十にして耳順い、七十にして心の欲するところに従って矩を踰えず
われわれは、資性の許す範囲において、なるべく従順に人生の荷物を負うべきだ
無知なる医師は、死の副官である
無知のヴェールのもとで、誰も自分の社会的地位も、階級も、自然的才能の分け前も、知性や体力さえも知らない
人間とは、克服されねばならない何ものかである。君たちは人間を克服するために何をしたか
汝の意志の格率が常に同時に普遍的立法の原理として妥当しうるように行為せよ
茶の湯とは、ただ湯をわかし茶をたてて飲むばかりなるものぞ本(もと)なれ
道徳を忘れたる経済は罪悪なり。経済を忘れたる道徳は寝言なり
風土は単に自然環境ではなく、人間存在の自己了解の表現である
性格は人間にとってのダイモーン(運命を司る神霊)である
自然は隠れることを好む
恐れることも希望することもない。ただ新しい武器を探さねばならない
ひとつの言語を話すことは、ひとつの世界を、ひとつの文化を引き受けることだ
人は田舎へ、海辺へ、山へと退く場を探す。しかし、いつでも自分自身のうちへ退くことができるのに、これほど卑俗な望みはない
危険を顧みず言わせてもらう ― 真の革命家は、深い愛の感情によって導かれている
自己についての知識なしに、神についての知識もない
哲学者は神が個物を知らないとは主張しない。ただ、人間と同じ仕方ではそれを知らないと主張するのだ
美しい「花」がある、「花」の美しさというようなものはない
すべての人は平等に生まれ、生命・自由・幸福の追求の権利を与えられている
意志は、それ以上の善を超えて何もない、あの唯一の善によってのみ満たされる ― それ以外のものでありえない、境界を持たない神によってのみ
自分自身を信頼せよ ― 一本一本の心の絃は、その響きに共鳴している
無制限の寛容は、寛容そのものの消失をもたらす ― 寛容な社会を非寛容の攻撃から守る用意がないなら、寛容な者は破壊される
慈善の最も高い段階は、貧しい者の手を取って与え、以後他人の助けに頼らずに済むようにすることである
万人の万人に対する戦争(bellum omnium contra omnes)
言葉は賢者にとっては計算の標(しるし)であり、愚者にとってはそれだけで貨幣である
一つの幽霊がヨーロッパを徘徊している ― 共産主義という幽霊が
我々は汝を、天のものとも地のものとも、死すべきものとも不死のものともしなかった。それは汝が、自ら選び取る形のうちに、自由かつ誉れある彫塑家として自らを形作るためである
究天人之際、通古今之変、成一家之言 ― 天と人との際を究め、古今の変に通じ、一家の言を成さんとす
花ざかりの森のかげに、私は長いあひだ憩うてゐた
人間は、もっと堕落せねばならぬのかもしれない。堕落することで、はじめて何かが見えてくるのかもしれない
道の道とすべきは、常の道にあらず。名の名とすべきは、常の名にあらず
神々がそもそも人間に関心をもつ、ということ自体が成り立たない。祝福された不死の者が、我々の苦労を気にする理由はないのだから
書物はわれわれの内なる凍った海を打ち砕く斧でなければならない
一身独立して一国独立す
我々は自分の行為を、公平な観察者であれば眺めるであろうそのとおりに吟味しようと努める
径寸十枚、是れ国宝に非ず。一隅を照らす、此れ則ち国宝なり
言葉は存在の家である。その住まいのうちに人間は住む
正義とは、合理化不可能な理念である。
私が神を見る眼は、神が私を見る眼と同じ一つの眼である
わずかな一時の安全のために本質的な自由を手放す者は、自由も安全もともに値しない
虚しく往きて実ちて帰る
科学は、事実をまとめて一般法則や結論を引き出す営みにほかならない
羊は穏やかで小食の動物だったが、今やそれがあまりに貪欲に貪欲になって、人間さえ食いつくしていると言われる
彼(かれ)を知り己(おのれ)を知れば、百戦して殆(あや)うからず
もっとも不利な平和でさえ、もっとも正当な戦争に勝る
世界の半分は、もう半分の楽しみを理解できない
あらゆる真の生は、出会いである(Alles wirkliche Leben ist Begegnung)
民の安寧こそ、最高の法であれ(Salus populi suprema lex esto)
子どもを不幸にする最も確実な方法は、欲するものを何でも手に入れさせることである
主体性こそが真理である
ミネルヴァのフクロウは夕暮れにはじめて飛び立つ
単なる事実学は、ただ事実人を作るにすぎない
文明の記録であるもので、同時に野蛮の記録でないものはない
何人に対しても悪意を抱かず、すべての人に慈愛をもって
半ば奴隷、半ば自由の家は立ちゆかない
彼は知らないのに、知っていると思っている。私は、知らないことを、知っているとは思わない
神の国は外に見えるかたちで来るのではない。神の国は、あなたがたの内にある
未だ知りて行はざる者有らず。知りて行はざるは、ただ是れ未だ知らざるなり
医学は身体の病を癒し、知恵は魂を情念から解き放つ
武(ぶ)は和(わ)なり、和(わ)は愛(あい)なり
問題を多く研究せよ、主義を少なく語れ
この世の事どもにあって、貧しさだけが妬みを持たない
私が書いたすべてのものは、私に啓示されたものに比べれば藁屑のように思われる
想像力は知識より大切だ。知識には限りがあるが、想像力は世界を包む
神は狡猾だが、悪意はない(Raffiniert ist der Herrgott, aber boshaft ist er nicht)
一次元的社会において、反対は体制の枠の中に吸収されてしまう
読書は人を豊かにし、会話は人を機敏にし、書くことは人を正確にする
この門をくぐる者、いっさいの希望を棄てよ(Lasciate ogne speranza, voi ch'intrate)
民を貴しと為し、社稷これに次ぎ、君を軽しと為す
天の将に大任を是の人に降さんとするや、必ず先づ其の心志を苦しめ、其の筋骨を労し、其の体膚を餓しめ、其の身を空乏にし、行ひ其の為す所に払乱せしむ
冬はつとめて。雪の降りたるは言ふべきにもあらず、霜のいと白きも、またさらでもいと寒きに、火など急ぎおこして、炭もてわたるも、いとつきづきし
不正な法がある場合、その法に従うべきか、それとも改めるために努めつつ侵すべきか。人々は後者を選ぶべきだと私は信じる
国家は、自らが定立する法によってのみ拘束されうる。
学は以て已(や)むべからず。青は之を藍より取りて藍よりも青く、氷は水之を為して水よりも寒し
人間は、恋と革命のために生れて来たのだ
夢の解釈こそ、無意識の活動を知るための王道である
大つごもり おほつごもりは明けて元朝、何事もなう過ぎたり
民は国の本、治水は民の本。堤を築くことは城を築くに劣らぬ
淡泊に非ずんば以て志を明らかにする無く、寧静に非ずんば以て遠きを致す無し
すべての人間は、生まれつき知ることを欲する
思惟することと在ることとは同じである(to gar auto noein estin te kai einai)
智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。兎角に人の世は住みにくい
私は、『機械は考えることができるか』という問いを考察することを提案する
私の言葉の限界は、私の世界の限界を意味する
民主主義は、世代ごとに生まれ直さねばならない ― そして教育こそ、その産婆役である
資本主義について語ろうとしない者は、ファシズムについても沈黙するほうがよい
身体は世界への我々の一般的な媒体(véhicule)である
何ごとも汝を乱すな、何ごとも汝を驚かすな。すべては過ぎ去る。神は変わりたまわず。忍耐はすべてを成す。神を持つ者は何も欠けぬ。神のみにて足る
誤った生のただ中に、正しい生は存在しえない(Es gibt kein richtiges Leben im falschen)
心に恐れなく、頭を高く掲げ、知識が自由であるところ ― わが父よ、我が国をそのような自由の天へ目覚めさせたまえ
モナドには窓がない
なぜ無ではなく何かが存在するのか
創造のうちに神の響き(viriditas)が流れ、緑の力として万物を生かす
異体同心なれば万事を成し、同体異心なれば諸事叶う事無し
女は、男との関係において定義され区別される。女は非本質的なもの、男に対する他者(l'Autre)である
道徳的宇宙の弧は長い ― しかし正義の方向へ曲がってゆく
美は世界を救うだろう
しかしすべての中心には、太陽が静かに座している
神は我らの衣服である。愛ゆえに我らを包み、つつしみ、決して離れない
君主は、愛されるより恐れられる方が安全である ― もっとも、両方を兼ねるのが最善ではあるが
運命(フォルトゥーナ)は女神である、力ずくで押さえ込もうとする者の側に味方する
私は私自身を描くのだ。読者よ、もしもそれに値しない人物を主題に選んだと思うなら、あなたの時間は失われるだろう
誰もが前を向く。私はひとり、自分の内へ向く。他に用事はない、そこでばかり考える
柔よく剛を制す
志を立てて以て万事の源と為す
病んだ社会に対して個人が立ち戻るべきほど、その社会は健康なのか?
徳に性別があってはならない。理性は性別に応じて異なるものではないからだ
差延(différance)とは、差異の体系的な戯れ、差異の痕跡の戯れ、そして要素たちが互いに関係づけられるための間隔化のことである
行為する者は、自分が何をしているのかを決して十分には知らない
我々は月へ行くことを選ぶ。この十年のうちに、他の目標もまた。それらが容易だからではなく、困難だからだ
弥陀の五劫思惟の願をよくよく案ずれば、ひとへに親鸞一人がためなりけり
自由の木は、愛国者と暴君の血でときどき潤されねばならない。それは自由の自然の肥やしなのである
少しの反乱は、ときに良いものである。政治世界には、自然界の嵐と同じほど必要なものだ
運は天に在り、鎧は胸に在り、功は足に在り
自分を愛するように、あなたの隣人を愛しなさい
御心が天に行われるとおり、地にも行われますように
人間であるとは、自分を劣っていると感じることである
我と来て遊べや親のない雀
世界は私の表象である
監視は、その効果において永続的であればよい。たとえ実際にはそれが不連続な行為であるとしても
神とは、それよりも偉大なものを考えることのできないものである(id quo maius cogitari non potest)
これは生の飛翔である ― ただ一人なるものから、ただ一人なるものへの飛翔(phyge monou pros monon)
自らを灯明とし、自らを依処として、他を依処とせず。法を灯明とし、法を依処として、他を依処とせず
功績を実際に汗と血で勝ち取ろうと競技場に立つ人こそ、功労者なのだ ― 冷たく臆病な魂、すなわち勝利も敗北も知らぬ者たちと彼が並ぶことは決してない
我々は行為することによって物を見、物を見ることによって行為するのである
幾何学は絵画のまさしい土台である
時とは、我らに与えられたもっとも高価な賜物である ― それは取り返しがつかない
真理から最初にほんの少しずれる者は、その後どこまでも遠ざかり、千倍もの誤りへと導かれる
いま私たちは、二つの道が分かれる地点に立っている ― 選ぶのは結局、私たち自身である
いづれの御時にか、女御更衣あまたさぶらひたまひける中に、いとやむごとなき際にはあらぬが、すぐれて時めきたまふありけり
日本的霊性は鎌倉時代に至って、はじめてその純粋の姿を現した
正確な観察と計算こそ医学の未来である。ガレノスの権威も、実験の証拠の前には譲らねばならぬ
自由と権力は責任を連れてくる ― そしてその責任は、自由なインドの人民の代表である我々に帰される
読書は須(すべか)らく虚心にして義理を体認すべし。先入の意を以て強いて合わすべからず
萃点(すいてん)には、森羅万象の因果が一点に集まる。そこに立てば、物事の全体が見えてくる
良識は、この世で最も公平に分け与えられているものである
知恵は経験の娘である(La sapienza è figliuola della sperienzia)
自足のもっとも大きな果実は、自由である
おそらく、判決を下す貴方がたの方こそ、それを受ける私より大きな恐れを抱いているのだろう
恩寵は、それを受け入れるだけの空虚が魂のうちにないかぎり、入ってくることができない
あなたが本来なるべきものになるなら、イタリア中を火につつむだろう
社会主義か野蛮か
解剖の教室で自ら屍体を前にし、その都度手で触れ目で確かめることなしに、我々は医学を教えてはならない
エロースは神と人とのあいだを行き来する偉大なダイモーンであり、両者を結ぶ仲立ちなのだ
物のあはれを知るといふ事、すべて何事にまれ、身にふれ心にあたるにつきて、その事その物の心をわきまへ知る、これ物のあはれを知る也
主が『悔い改めよ(poenitentiam agite)』と言われたとき、主は信者の全生涯が悔い改めであることを望まれた
全世界は舞台である。そしてすべての男女はただの役者にすぎない
明日、また明日、そして明日と、一日一日、時のちっぽけな歩みで忍び寄り、記録された時間の最後の音節に至るまで ― 人生は歩く影、哀れな役者にすぎない
天地のあいだには、ホレイシオ、お前の哲学では夢にも思わぬ事柄がもっとある
私たちはまず埃を立てておいて、それから見えないと不平を言う
幾何学は神の精神そのものに属する。人間はそれを学ぶことで、神の思考の影をわずかに辿ることができる
私はまだ重力のこれらの性質の原因を現象から導き出すことができていない、そして私は仮説を立てない(Hypotheses non fingo)
私は自分が世の人の目にどう映るのか知らない。ただ自分には、真理の大海が目の前に広がっているのに、浜辺でより滑らかな小石や美しい貝殻を拾って遊んでいる少年のように思えるのだ
私は時代の道具であった、しかし私はその道具を進んで取ったのだ
書くこととは、導かれた夢にほかならない
われわれが自分を変えることができれば、世界における傾向もまた変わるであろう。人がその本性を変えるにつれて、世界もまた彼に対する態度を変える
道徳と経済とは、一にして二ならず、二にして一なり
蒔絵は暗がりで見てこそ、その本当の味が分かる ― 昼の光の下では、かえってその深みが浅ましく見える
しかし、すべて貴きものは、稀であるのと同じく、難しい
武具を飾るよりも、兵糧を蓄えよ。戦は算盤と兵站で決まる
物事には、我々の力の及ぶものと及ばないものがある
これらの無限の空間の永遠の沈黙は、私を震撼させる
心には、理性の知らない理由がある
人間のすべての不幸は、ただ一つのこと、部屋に静かに坐っていられないことから来る
それでは、時間とは何か。誰も私に尋ねなければ、私は知っている。しかし尋ねる者に説明しようとすると、私は知らない
法の一般精神(esprit général)は、気候、風土、宗教、法律、統治の格率、過去の事例、習俗、風習の総体から形成される
ダロウェイ夫人は、花は自分で買いに行くと言った
天下を以て公と為す(天下為公)
星を見るといつも、僕は夢を見るんだ。地図の上の黒い点が都市や町を示すように、空の光の点にもどうして手が届かないのだろう、と
この世代のアメリカ人には、運命との約束がある
意識は断片に切り分けられて現れるのではない。鎖や列車と呼ぶよりも、川や流れと呼ぶのがふさわしい。以後これを思考の流れ、意識の流れと呼ぼう
これら三つの情熱は、大風のように、深い苦悩の大洋の上を、絶望の瀬戸際まで私を揺さぶり続けた
哲学の価値は、多くは不確かさそのもののうちにある。哲学に触れない者は、常識と自分の時代と国の偏見という独断のうちに閉じ込められたまま一生を終える
世の中のことは、義理と人情と、あともう一つの算盤 ― この三つでできている
臣の好む所の者は道なり、技に進めり。始めて牛を解きし時は、見る所、牛に非ざる無かりき。三年の後、未だ嘗て全牛を見ず
有時といふは、時すでにこれ有なり、有はみな時なり
自由とは、夢に描かれた自然法則からの独立ではなく、それらの法則を認識することにある
理性は情念の奴隷であり、またそうあるべきである
(哲学書を手にして)それが事実と数の抽象的推論を含んでいないなら、火に投じよ。そこには詭弁と幻想しかないのだから
無意識を意識化しない限り、それは我々の人生を方向づけ、そして我々はそれを運命と呼ぶだろう
自己を知ることは、知らぬ顔をしたかった自分の影と出会うことでもある
それは見事な言葉だ、とカンディードは答えた、しかし我々は我々の庭を耕さねばならぬ
疑いは愉快な状態ではない、しかし確信は滑稽な状態である
観見二つの見様、観の目つよく、見の目よわく、遠き所を近く見、近き所を遠く見る事、兵法の専なり
今日の誹りは、他日の功を待つ。
松山や秋より高き天主閣
好雨、時節を知り、春に当たりて乃(すなわ)ち発生す
英国と英連邦が千年続くとすれば、人々はなおこう語るだろう ― これがかれらの最も輝かしい時であった、と
満足した豚であるより、不満足な人間である方がよい。満足した愚者であるより、不満足なソクラテスである方がよい
人生はどんな人にとっても楽ではない ― だから何なのだ。私たちは忍耐を、そして何よりも自分自身への自信を持たねばならない
感覚と理性と知性を与えた神が、私たちにそれらを用いないよう望まれるとは、私には思えない