森鴎外·1862–1922·日本
「かのれじぐなちよん(諦念)の心持ちは、我々日本人の生活を考える上で、極めて大切なものではあるまいか」
この言葉の背景
明治45年(1912)、『中央公論』に発表された短編「かのやうに」で主人公五条秀麿の口を借りて示された要旨。独逸帰りの青年史学者が、神話を歴史として信じられない時代に、それでも「かのように」生きる構えを模索する小説である。レジグナチオンをあきらめとは訳さず、静かに受け入れて日々を整えるドイツ語の情感のまま運び込んだ鴎外は、西洋近代の知と日本人の暮らしの折り合いを、叫ばずにつける言葉として置いた。翻訳語を通して思想を差し入れる彼の流儀が覗く一節である。
出典と確認メモ
6件- 思想二次資料で確認済み要旨訳
要旨訳: ogai.mdx Chapter 8 残した思想の輪郭 段落: 森鷗外 (1862-1922) の思想・文業を 5 項目で要旨化した editorial summary ― 諦念 (レジグナチオン R...
一次資料を開く鷗外作品全文 (青空文庫)、『かのように』(1912) Resignation 倫理の代表作
- 解釈一次資料で確認済み要旨訳
要旨訳: 明治45年(1912)、『中央公論』に発表された短編「かのやうに」で主人公五条秀麿の口を借りて示された要旨。独逸帰りの青年史学者が、神話を歴史として信じられない時代に、それでも「かのように」生きる構え...
一次資料を開く図書カードに '初出: 「中央公論」1912(明治45)年1月' '著者名: 森鴎外' '生年 1862-02-17 / 没年 1922-07-09' を明記。...
- 出典校訂版で確認済み要旨訳
要旨訳: 「かのやうに」(明治45年)から要旨
- 抜粋二次資料で確認済み要旨訳
要旨訳: かのれじぐなちよん(諦念)の心持ちは、我々日本人の生活を考える上で、極めて大切なものではあるまいか
- 抜粋二次資料で確認済み要旨訳
要旨訳: かのれじぐなちよん(諦念)の心持ちは、我々日本人の生活を考える上で、極めて大切なものではあるまいか。
- 要旨訳二次資料で確認済み要旨訳
要旨訳: われわれは、資性の許す範囲において、なるべく従順に人生の荷物を負うべきだ