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小林一茶·1763–1828·日本

露の世は露の世ながらさりながら

長女さとを失った文政2年6月の句(『おらが春』)

この言葉の背景

文政2年(1819年)6月、信濃柏原に戻って数年、五十七歳の一茶が疱瘡で長女さとを失った直後に手帳に書きつけ、のち句文集『おらが春』に収めた句。この世は露のように儚いと仏教の教えは説く、それを頭では分かっていると言いながら、しかし ― と途中で言葉を断ち切る。諦めの結論ではなく、諦めきれない親の心をそのままの形で残した、近世俳諧でもっとも素直な「さりながら」の一句。

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    原典確認済み: 文政2年(1819年)6月、信濃柏原に戻って数年、五十七歳の一茶が疱瘡で長女さとを失った直後に手帳に書きつけ、のち句文集『おらが春』に収めた句。この世は露のように儚いと仏教の教えは説く、それを頭では分...

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    定本確認済み: 露の世は露の世ながらさりながら

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    定本確認済み: 露の世は露の世ながらさりながら。

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    定本確認済み: 長女さとを失った文政2年6月の句(『おらが春』)

  • 引用二次資料で確認済み定本確認済み

    定本確認済み: 我と来て遊べや親のない雀

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