小林一茶·1763–1828·日本
「我と来て遊べや親のない雀」
この言葉の背景
文化6年(1809年)頃、47歳の一茶が故郷信濃柏原に戻る前後に詠んだとされる句で、のち『発句題叢』等に収められた。3歳で母を亡くし継母との確執のなかで育った一茶が、親のない雀に呼びかける「我と来て遊べや」は、単なる動物への親しみではなく、孤児同士のひそかな連帯の表明でもある。のちに小林秀雄が『一茶』で取り上げ、素朴な哀感のうちにある鋭い自己認識として読み直した、近世俳諧屈指の一句。
出典と確認メモ
5件- 文脈原典で確認済み原典確認済み
原典確認済み: 文政2年(1819年)6月、信濃柏原に戻って数年、五十七歳の一茶が疱瘡で長女さとを失った直後に手帳に書きつけ、のち句文集『おらが春』に収めた句。この世は露のように儚いと仏教の教えは説く、それを頭では分...
- 抜粋原典で確認済み定本確認済み
定本確認済み: 露の世は露の世ながらさりながら
- 抜粋原典で確認済み定本確認済み
定本確認済み: 露の世は露の世ながらさりながら。
- 出典原典で確認済み定本確認済み
定本確認済み: 長女さとを失った文政2年6月の句(『おらが春』)
- 引用二次資料で確認済み定本確認済み
定本確認済み: 我と来て遊べや親のない雀