マイスター・エックハルト
神を「誰か」と呼ぶとき、 私たちは神を小さくしていないか?
魂の根底で神そのものと出会うことを説き、死後に命題を断罪された中世神秘思想家
- 神秘主義
- 魂の根底
- 離脱
時代の空気
13世紀末から14世紀初頭の西欧は教皇権と俗権の対立が激化していた。1309年に教皇庁はアヴィニョンに移り(アヴィニョン捕囚)、1326年エックハルトを審問するケルン大司教の権力もこの再編のうちにあった。ラインラントには女子修道院とベギン会(誓願なき敬虔な女性共同体)が広がり、ラテン語を読めぬ女性たちの霊的渇望が彼のドイツ語説教を求めた。1310年マルグリット・ポレートが自由霊派として処刑され、その嫌疑がエックハルトにも及ぶ。1327年アヴィニョン上告中に没し、1329年教皇ヨハネス22世が勅書「主の畑にて」で命題28カ条を断罪した。
01ドミニコ会の若き修道士
1260年頃、ドイツ中部チューリンゲン地方の騎士階級の家に生まれた。出生地はゴータ近郊ホッハイム付近とする説が有力だが確定していない。マイスターは後の学位名、本名はエックハルト・フォン・ホッハイムとも呼ばれる。幼少期の詳細は伝わらないが、若くしてドミニコ会(1215年創設、学識と説教を使命とする托鉢修道会)に入会した。
エアフルトのドミニコ会修道院で修練を積み、ケルンの一般研究(スタディウム・ゲネラーレ)で学んだ。ケルンはアルベルトゥス・マグヌスが教えた地で、トマス・アクィナスの直接の弟子筋が学統を伝えていた。エックハルトはアルベルトゥスの弟子ディートリヒ・フォン・フライベルクらのドイツ・ドミニコ会神学の伝統を受け継ぎ、プラトン主義と新プラトン主義の色彩を帯びた知性的神秘思想の素地を得る。
1280年代半ば、パリ大学神学部に派遣される。1293-94年に聖書学士として講義、1302-03年、神学のマギステル(Magister)の学位を取得し同大学で教えた――ここから「マイスター・エックハルト」の名が固定した。のち1311-13年、パリ大学に再び呼ばれて二度目の教授職に就く。この二度のマギステル職は、トマス・アクィナスと並ぶドミニコ会の例外的栄誉だった。
02ドイツ教区の管区長、女子修道院司牧
1303年、ドミニコ会ザクセン管区(北ドイツ全域を含む)の初代管区長に任命された。広大な地域、多数の修道院・女子修道院・ベギン会共同体を統括する重責。彼は精力的に巡回し、ストラスブール、フランクフルト、ケルンで説教を重ねた。
特に重要だったのは女子修道院とベギン会(誓願を伴わない敬虔な女性共同体)の司牧である。13世紀後半のラインラントには、ラテン語を読めない女性たちの深い霊的渇望があった。エックハルトは彼女たちにドイツ語で説教した。これが彼を西欧神秘思想史で特別な位置に置いた。学問的ラテン語の厳密な思弁を、中高ドイツ語の自由奔放な語彙で開放した――しばしば逆説と過激な表現を伴って。
「神よ、神から解放してください」「神の外側にすら出ていくべきだ」「魂の中の離脱した場所(Seelengrund)で神と一つになる」「そこでは神も(Gottheit)もない」。禅の公案に似た切断的な表現は、聴衆の日常的な神概念を揺さぶった。
03「三部作」と『ドイツ語説教集』
エックハルトの著作は二系統ある。
ラテン語で書かれた『三部作』(Opus Tripartitum)は、『命題の書』『問題の書』『註解の書』を構想した野心的な神学体系だった。創世記、出エジプト記、知恵の書、ヨハネ福音書の精緻な注解を含む。学術的厳密性は揺るぎない。
ドイツ語説教・論考群――現存する約100の説教と、『』『高貴なる人について』『離脱について(Von Abegescheidenheit)』などの論考――が、エックハルトの名声を後世まで運んだ。民衆のドイツ語で、彼は神・魂・離脱・無(Nichts)・地(Grund)・誕生を語った。
中心概念は「」(Seelengrund、または Scintilla animae=魂の火花)である。魂の最も奥深い点で、神の内的誕生が起こり、そこでは「被造物と神」「私と神」の区別さえ消える。人間は離脱(Abgeschiedenheit)――自己・所有・思惑からの離脱――によって、この根底に到達する。ここでは神性(Gottheit)は人格化された神を超えた深みとして描かれる。
神よ、神から解放してください。
04ケルンの異端審問、上告、死
1323年頃、ケルンでベギン会女性の「自由霊派」とされる運動が異端として告発されていた。エックハルトのドイツ語説教はその近傍にあると疑われ、1326年、ケルン大司教ハインリヒ2世の指示で異端審問が開始された。
エックハルトはドミニコ会総会の支持を得て、異端審問の管轄権を争い、教皇庁への上告を選んだ。1327年、アヴィニョンへ出頭。当時、教皇庁はアヴィニョン捕囚の時代、教皇はヨハネス22世。エックハルトは教皇庁で弁明を続けたが、1328年頃、審問の結論が出る前に死去した(正確な日付・場所は不明)。68歳前後。
1329年3月27日、教皇ヨハネス22世は教皇勅書「」(In agro dominico)を発布し、エックハルトの命題28カ条――17を異端として、11を異端の疑い・不用意な表現として――断罪した。ただし勅書は、エックハルトが生前に誤りがあれば撤回する意思を示していたと明記しており、彼個人を異端者として断罪したわけではなかった。エックハルト自身は審問の結論が出る前に死去していたため、この断罪を直接知ることはなかった。
エックハルトの墓の所在は不明である。彼の主要な弟子ヨハネス・タウラー(1300頃-1361)、ハインリヒ・ゾイゼ(1295頃-1366)は師を守りつつ、慎重な言葉で同じ霊性を継いだ。
05忘却と復活――19世紀以降
14世紀以降、エックハルトの名は公然と語られなくなったが、説教集は匿名の形で写本が流通した。『テオロギア・ゲルマニカ』(14世紀末、匿名の神秘論考)は彼の系譜にあり、マルティン・ルターが1516・1518年に刊行して広く読まれた。エックハルト直接の影響か、後代ライン神秘家全体の影響かは議論の余地があるが、ルター自身はエックハルトを知らなかった可能性が高いものの、ライン神秘主義の水脈は宗教改革の霊性に流れ込んだ。
19世紀、フランツ・フォン・バーダー、ヘーゲルがエックハルトを再発見した。ヘーゲルはベルリン大学講義で「この修道士においてわれわれはわれわれ自身を見いだす」と語ったと伝えられる。20世紀に入ると、オットー(『聖なるもの』)、ハイデガー、鈴木大拙(禅と神秘主義の比較)、ティク・ナット・ハンがエックハルトを重要な対話相手として扱った。
20世紀後半以降、ドミニコ会内部を中心に名誉回復への請願が重ねられ、エックハルトの主要命題は学術的には正統的文脈で読み直せるとする解釈が広がった。ただし1329年の断罪勅書は公式に撤回されておらず、復権は学術的・内部的再評価の水準にとどまっている。
06主要な出来事と著作
- チューリンゲン地方に誕生
- エアフルトでドミニコ会に入会、ケルンで学ぶ
- パリ大学神学部に派遣
- パリ大学で聖書学士として講義
- パリ大学神学のマギステル(Magister)取得、一度目の教授職
- ドミニコ会ザクセン管区の初代管区長に任命、エルフルトに拠点
- パリ大学で二度目の教授職(ドミニコ会で異例の再任)
- ストラスブール・ケルン周辺で説教を重ね、ドイツ神秘主義の指導者となる
- ケルンで神学の教師に、ベギン会女性たちの「自由霊派」擁護の疑い
- ケルン大司教による異端審問開始
- アヴィニョン教皇庁へ上告、自ら弁明
- 審問の結論が出る前に死去、68歳前後(結論は本人の死後に確定)
- 教皇ヨハネス22世が勅書「主の畑にて」で28命題中17を異端・11を異端の疑いとして断罪
- ドミニコ会を中心とした学術的・内部的再評価(正式な勅書撤回はなし)
残した思想の輪郭
- 魂の根底(Seelengrund) ― 被造物と神の区別すら消える魂の最奥、神の内的誕生の場所
- 離脱(Abgeschiedenheit) ― 自己・所有・意図からの徹底した脱却が神への道
- 神性(Gottheit) ― 人格神を超えた深みとしての根源、名づけ得ない無
- ドイツ語による思弁 ― ラテン語の学問神学を民衆語で開放し、後の宗教改革の霊性に流入
- 死後異端宣告と再評価 ― 1329年に命題28カ条断罪、近現代に禅・ハイデガーと響き合う
出典と確認メモ
5件- 文脈原典で確認済み定本確認済み
定本確認済み: eckhart-1 context は、Meister Eckhart のドイツ語説教 52「Beati pauperes spiritu」(14 世紀初頭、ストラスブール / ケルン期) の解説とし...
- 抜粋二次資料で確認済み研究上論争あり
研究上論争あり: 神よ、神から解放してください
- 抜粋二次資料で確認済み研究上論争あり
研究上論争あり: 神よ、神から解放してください。
- 出典原典で確認済み定本確認済み
定本確認済み: eckhart.mdx pullsource 'ドイツ語説教52「貧しき者たちは幸いである」' は Meister Eckhart の最も有名な説教の一つである Predigt 52 'Beati p...
- 引用原典で確認済み定本確認済み
定本確認済み: 私が神を見る眼は、神が私を見る眼と同じ一つの眼である
つながり
- トマス・アクィナス
継承 — エックハルトはドミニコ会士として1302-03年・1311-13年にパリ大学神学教授を務め、トマス主義の本流に立つ。『ラテン語著作集』ではトマス『神学大全』を前提とした存在論・知性論を展開しつつ、独自の「神性(Gottheit)」「離脱(Abgeschiedenheit)」「魂の根底(Seelengrund)」の語で神秘神学へ深化、スコラの枠内で神秘主義を発酵させた
- ヒルデガルト
先駆 — ドイツ神秘思想の系譜、神の内なる生命としての「ビリディタス」から無底へ
- ノリッジのジュリアン
共鳴 — 14世紀北方神秘思想、「すべては善くあるべし」と「離脱」の響き合い
- アビラのテレサ
共鳴 — キリスト教神秘思想の観想伝統、魂の深みと神の内在をめぐる響き
さらに読むならFurther Reading
マイスター・エックハルトの思索に近づく、手に取って損のない版を三冊まで。 岩波・ちくま・講談社学術文庫を基本に、原著または定評ある英訳を一冊添えています。
入門エックハルト説教集
マイスター・エックハルト / 訳: 田島照久 編訳 / 岩波文庫
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生きた跡を辿るPlaces
マイスター・エックハルトが歩いた街・記された碑・思索が残る館。 机から抜け出して一度、場所の側から哲学に触れてみる。
- エアフルト説教者教会ゆかり
エアフルト, ドイツ
1294年頃ドミニコ会の院長として説教した教会。1999年、彫刻家ジークフリート・クレップ作の青銅の記念扉が設置された
さらに辿るならExternal References
マイスター・エックハルトを別の角度から辿るための外部リンクを並べています。 百科事典・原典アーカイヴ・記念館など、出典はそれぞれ性格が異なります。 リンク先のアクセス条件(閲覧のみ可、要登録、借覧制限など)は サイト側の表記を参照してください。
WikipediaWikipedia 日本語版「マイスター・エックハルト」項
WikipediaEnglishWikipedia English — "Meister Eckhart"
Stanford Encyclopedia of PhilosophyEnglishStanford Encyclopedia of Philosophy — "Meister Eckhart"
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