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宗教的思索

ナーガールジュナ(龍樹)

Nāgārjuna·150頃–250頃·古代インド·

すべてが空であるとは、 何もないということか?

『中論』で「空」と「縁起」の論理を磨き上げ、大乗仏教の哲学を決定づけた南インドの論師

  • 中論
  • 縁起
  • 八不中道

時代の空気

紀元2世紀後半から3世紀の南インドは、デカン高原のサータヴァーハナ王朝(前1世紀-後3世紀)が交易と仏教保護で栄えた時代だった。ローマ帝国とのインド洋交易、北のクシャーナ朝、東南アジアへの海路が、貨幣と僧院を行き来させる。仏教は部派仏教(特に説一切有部)が主流で、阿毘達磨の精緻な法分析が学的に頂点に達していた。一方で般若経をはじめとする大乗経典が無名の編者たちによって編まれつつあり、菩薩道と空の語が新しい流れを起こしはじめる。婆羅門教ではヴェーダ祭祀がなお有力だった。

01南インドの婆羅門、吠陀を修めた青年

2世紀頃、南インドで活動したと伝える(ヴィダルバ地方とする後代の伝承は一候補で、生地は確定しない)。婆羅門ばらもん(バラモン、司祭階級)の家に生まれたとされる。サンスクリット名ナーガールジュナ(Nāgārjuna)、龍樹りゅうじゅの漢訳名で知られる。「Nāga」は龍(蛇神)、「Arjuna」はアルジュナ樹の意。生没年は諸説あり、広く取って ca. 150–250 CE 程度の推定にとどまるのが学界の一般的な理解である。

『龍樹菩薩伝』(伝鳩摩羅什くまらじゅう訳、5世紀)など後代の伝によれば、若くして吠陀ヴェーダ、諸論、天文、占星、医学、工芸など、婆羅門の全学問を修めた。青年期の放蕩伝説もある ― 三人の友と隠身の術を得て王宮に忍び込み、王の後宮で乱行をしたが、友は捕らえられて斬られ、ナーガールジュナだけが隠身で生き延びた、という。この体験で「諸欲は苦の因である」と深く悟り、出家を決意したと伝える(伝説性が強く、史実性は判断しがたい)。

02僧院で三蔵を修める、竜宮の般若経

出家後、ナーガールジュナは北インドの仏教僧院で三蔵(経・律・論の三つの教典群)を修めたと伝えられる。当時の仏教は部派仏教(小乗、特に説一切有部)が主流で、膨大な阿毘達磨(アビダルマ、論)の教学が発展していた。有部は「法」(ダルマ、構成要素)が実在するとする立場、これが後にナーガールジュナの批判の対象となる。

三蔵を読み尽くしたナーガールジュナは、しかし満足しなかった。自らさらなる経を探し求めていたとき、大龍菩薩(だいりゅうぼさつ)が彼を竜宮(海の下、龍族の住処)に案内し、そこに秘蔵されていた般若経(プラジュニャーパーラミター)をはじめとする大乗経典を与えた、と伝える(龍樹蔵、りゅうじゅぞう、の伝説)。これが「龍樹」の名の由来ともされる。

この伝説は後代の伝記における聖典権威づけの説話であり、史実の直接証拠ではない。ただし寓意としては、ナーガールジュナが大乗仏教(当時形成途上の新興仏教運動)の経典 ― とくに般若経群 ― に触れ、これを既存の阿毘達磨と対比して新たな体系を築いたという実像を映していると読める。

03『中論』― 八不中道

ナーガールジュナの主著は(根本中頌、Mūlamadhyamakakārikā)である。27章・約450偈からなるサンスクリット語の韻文体の論書。冒頭の帰敬偈ききょうげが、彼の思想のすべてを凝縮する ―「不生亦不滅、不常亦不断、不一亦不異、不来亦不出(生ぜず滅せず、常ならず断ならず、一ならず異ならず、来らず出でず)、能くこの因縁を説く者、諸仏の中の第一なり」。この八つの否定(八不、はっぷ)が、のちに「八不中道はっぷちゅうどう」と呼ばれる論理の骨格である。

『中論』の中心主題は(śūnyatā、くう)と縁起えんぎ(pratītyasamutpāda)の一致である。有部は「法が独立の(svabhāva、じしょう、本質)を持って実在する」と主張した。ナーガールジュナはこれを徹底的に批判する ― もし法が独立の自性を持つなら、それは他の何からも生じず変化もしないはずだ。しかし現実の一切は条件によって生じ変化する(縁起)。ゆえに法は自性を持たない、すなわち空である。

「衆縁より生ずる法、我は即ち是れ空と説く、亦た是れ仮名、亦た是れ中道の義」(観四諦品第24章第18偈)。因縁から生ずる法を、我は空と説く、それは仮の名であり、中道の意味である。この偈は中観派ちゅうがんはの標語として繰り返し引用された。

04二諦、仮と勝義

ナーガールジュナの論理の鍵が(にたい)である。世俗諦(せぞくたい、一般的な真理)と勝義諦(しょうぎたい、究極の真理)を区別し、両者の関係を明確にする。

世俗諦では、物事は確かに存在し、因果も働き、名称も意味を持つ。しかしそれは相対的・仮設的な真理である。勝義諦では、一切は自性なく空であり、独立の実体はない。重要なのは、世俗諦を否定するのではなく、世俗諦を認めつつその究極の姿を勝義諦で捉えるという二重構造である。空は虚無ではなく、縁起として現れる現実のあり方の真の相である。

ナーガールジュナは対論者から「一切が空なら、四諦(苦集滅道)も仏陀も成立しないのではないか」と批判された。彼の返答は決定的である ―「空が成り立つがゆえに、一切が成り立つ。空が成り立たなければ、一切は成り立たない」(観四諦品)。空であるからこそ、縁起として変化と生成が可能である。もし一切が自性を持って固まっていたら、苦の滅も仏の成も不可能である。空の論理こそが、仏教の救済を成立させる根拠だ、と。

05帰謬の論法 ― プラサンガ

ナーガールジュナの論証法は(プラサンガ、prasaṅga)である。自分で積極的な立場を立てて論証するのではなく、対論者の主張をその前提から推論して矛盾を導き、対論者の立場が内部から崩れることを示す。「私は何も主張しない」と彼は言う(『廻諍論えじょうろん』第29偈)。

この方法は、後のでプラサンギカ派(ブッダパーリタ、チャンドラキールティ)とスヴァータントリカ派(バーヴァヴィヴェーカ)に分かれる論争を生んだ。前者は帰謬のみを徹底、後者は自立論証も必要とする立場である。チベット仏教ではプラサンギカが正統として採用された。

『中論』の他、ナーガールジュナに帰せられる主要な著作 ―『十二門論』(十二の門から空を論証)、『廻諍論』(ヴィグラハヴィヤーヴァルタニー、論敵の批判への返答)、『空七十論』、『六十頌如理論』、(ラトナーヴァリー、南インドの王に宛てた倫理書)、『勧誡王頌』など。ただし多くの著作について、同名異人や後代の仮託の可能性が学術的に議論されている。

06『大智度論』『十住毘婆沙論』 ― 漢訳の巨編

東アジア仏教で最も読まれた伝ナーガールジュナの論書が、(だいちどろん、マハープラジュニャーパーラミター・シャーストラ)である。100巻に及ぶ膨大な般若経の注釈書で、鳩摩羅什(くまらじゅう、344-413)の漢訳のみが現存し、サンスクリット原典は伝わらない。

『大智度論』の著者がナーガールジュナ本人か否かは学界で議論がある(ヨーロッパ仏教学では、中国撰述説や複数著者説を提示する研究もある)。ただし東アジア仏教では伝統的にナーガールジュナの著作として扱われ、大乗仏教の百科全書的な基本論書として読まれてきた。日本の空海『秘密曼荼羅十住心論』、最澄、そして禅宗諸師まで、『大智度論』からの引用は無数にある。

(じゅうじゅうびばしゃろん、ダーシャブーミカ・ヴィバーシャー)も鳩摩羅什訳で伝わる重要な論書で、華厳『十地経』の注釈だが初地・第二地で筆を置いた未完の書である。易行道(いぎょうどう、諸仏菩薩の憶念や称名によって不退転を得る平易な行)と難行道(なんぎょうどう、自力の菩薩行ぼさつぎょう)を対比する易行品が含まれ、これを曇鸞以後に浄土往生の道として読み換えた解釈が、後世の浄土教(曇鸞どんらん・善導・法然・親鸞しんらん)の理論的根拠となった。親鸞は『教行信証』で七高僧の筆頭にナーガールジュナを置いている。

衆縁より生ずる法、我は即ち是れ空と説く。

ナーガールジュナ『中論』観四諦品 第24章第18偈

07サータヴァーハナ王と宝行王正論、最期

伝承によれば、ナーガールジュナは南インドのサータヴァーハナ王朝(アーンドラ王朝、前1世紀-後3世紀)のある王と深い親交を結んだとされる。比定される王についてはGautamīputra Śātakarṇi説、Yajña Śrī Śātakarṇi説などがあるが(両者は別王)、ナーガールジュナと結びつける王の比定自体が未確定で、諸説がある。ナーガールジュナは王に宛てたとされる『宝行王正論』『勧誡王頌』で、王道と仏教の両立を説いた。

晩年、ナーガールジュナはシュリーパルヴァタ(Śrīparvata、吉祥山、現アーンドラプラデーシュ州のナーガールジュナコンダとする説あり)に住んだと伝える。この地に大伽藍を建て、教学と著述に専念したという。

史実としての死因は不明。後代の仏伝的・説話的資料、例えば『龍樹菩薩伝』や『大唐西域記』に、献首伝説 ― サータヴァーハナ王の息子(あるいは敵対的な王子)が自分も不老長寿を願い、母がそれを阻止するためにナーガールジュナに頭を献じるよう頼んだ話 ― が伝わる。草の葉でわが首を切ったとも、刀で切り落としたとも、その首から乳が噴き出し、将来再生するという予言付きで果てた、と。伝説性が高く、史実ではないが、ナーガールジュナの生涯全体が伝説の衣に包まれていることを示す。

年代として、250年頃までには没したと推定されるが、史料的な確定はできない。

08後世への射程 ― チベット・東アジア・近代

ナーガールジュナの影響は、後のインド仏教全域を覆った。直接の弟子アーリヤデーヴァ(提婆、170頃-270頃)が『四百論』で中観派の論理をさらに磨き、5-6世紀のブッダパーリタ(仏護)・バーヴァヴィヴェーカ(清弁)・チャンドラキールティ(月称、7世紀)が中観派を発展させた。ヨーガーチャーラ(瑜伽行派、唯識派)のアサンガ(無著)・ヴァスバンドゥ(世親)らは、三性や阿頼耶識を軸にナーガールジュナとは別系統の大乗を展開しつつも、空の論理に応答しながら議論を重ねた。

チベット仏教では、ナーガールジュナは「第二のブッダ」と呼ばれ、ツォンカパ(1357-1419)のゲルク派の理論的基礎となった。ダライ・ラマ法王の教学はチャンドラキールティ流の帰謬論法に依拠する。

東アジア仏教では、鳩摩羅什訳の『中論』『十二門論』と『百論』(アーリヤデーヴァ著)の三論を基礎に三論宗が成立した。天台智顗の三諦円融(空・仮・中の三諦が互いに円融する)は、ナーガールジュナの二諦を発展させた天台独自の体系である。華厳・禅・密・浄土、いずれの東アジア仏教諸派もナーガールジュナを理論の基盤に置く。真言宗の空海は『即身成仏義』で『大日経』「具縁品」および『大日経疏』に依拠して六大説を立てつつ、大乗の空の論理をその背景に置く。親鸞は『教行信証』で龍樹を七高僧の筆頭に置く。

近代以降、西洋哲学との対話においてもナーガールジュナは中心的な位置を占めている。西田幾多郎の絶対無、鈴木大拙の即非の論理、西谷啓治の空の立場、いずれも中観の論理構造を背景に持つ。英語圏ではトーマス・カスリスやジェイ・ガーフィールドらの研究によって、分析哲学・ウィトゲンシュタイン・デリダの脱構築との比較哲学が展開されている。一人の論師が、大乗仏教2000年の骨格を決めたのである。

09主要な出来事と著作

  1. 南インドの婆羅門家に生まれる(生没年には諸説あり)
  2. 吠陀・諸学を修めたのち、北インドの僧院で仏教三蔵を修める
  3. 大乗経典(般若経など)に触れ、独自の論書を展開(竜宮伝説)
  4. 『中論』『十二門論』『廻諍論』『空七十論』『六十頌如理論』など主要著作
  5. 『大智度論』『十住毘婆沙論』(伝ナーガールジュナ、漢訳鳩摩羅什)
  6. サータヴァーハナ王との交遊、『宝行王正論』『勧誡王頌』
  7. シュリーパルヴァタ(吉祥山)に住したと伝える
  8. 没と推定される(没地・没年ともに確定しない)
  9. 弟子アーリヤデーヴァから月称まで中観派が展開
  10. 鳩摩羅什漢訳で三論宗成立、チベット仏教ではゲルク派の根本に

残した思想の輪郭

  • 空 ― 一切は自性を持たない、独立の実体として成立しないという究極の真理
  • 縁起 ― 一切は因縁条件によって生ずる、空と縁起は一つの事態の両面
  • ― 不生不滅・不常不断・不一不異・不来不出、八つの否定による中道
  • 二諦 ― 世俗諦と勝義諦を区別しつつ両立させる、空と因果の同時成立
  • 帰謬論法 ― 自分では主張せず対論者の前提から矛盾を導く、プラサンガの方法
  • 中観派の祖 ― アーリヤデーヴァ・仏護・清弁・月称へと続く学派の源流
  • 易行道・難行道 ― 『十住毘婆沙論』で浄土系の理論的根拠を提供
  • 第二のブッダ ― 東アジア・チベット・ベトナム・日本まで、大乗仏教の事実上の体系化者
年代・没地ともに史料により諸説あり。2世紀半ばから3世紀にかけて南インドで生きたと推定されるが、個人史は多くが伝説的記述で覆われている。
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  • 文脈原典で確認済み定本確認済み

    定本確認済み: 2世紀南インド、大乗仏教の祖ナーガールジュナがサンスクリットで著した『中論』第二十四章、四つの聖諦を論じる章の十八偈。縁起によって生じるものを空と名づけ、それは仮りの名であり中道でもある、と続く四行の...

  • 文脈原典で確認済み定本確認済み

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  • 抜粋原典で確認済み定本確認済み

    定本確認済み: 衆縁より生ずる法、我は即ち是れ空と説く。

    一次資料を開く本 claim は <PullQuote> rendering 表示用 entry。原典検証 status は frontmatter pullquote 用 ...

  • 抜粋原典で確認済み定本確認済み

    定本確認済み: 衆縁より生ずる法、我は即ち是れ空と説く

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  • 出典原典で確認済み定本確認済み

    定本確認済み: nagarjuna.mdx pullsource 'ナーガールジュナ『中論』観四諦品 第24章第18偈' の書誌 attribution は完全に正確 — Mūlamadhyamakakārikā 第...

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  • 出典原典で確認済み定本確認済み

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