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アショーカ王·BC304頃–232·古代インド(マウリヤ朝)

真の征服は、法(ダンマ)による征服である

アショーカ第13岩勅(カリンガ悔悟勅)シャーバーズガリー・ギルナール両碑文による並行テキスト(BC257頃)、日本語訳は Hultzsch/渡辺照宏ほかによる

この言葉の背景

紀元前261年頃、マウリヤ朝アショーカ王は東岸の独立王国カリンガ(現オディシャ州)を征服した。第13岩勅は戦勝記念碑としては世界史に類例が薄く、十五万人の捕囚と十万人の死者、さらに病と飢餓による多数の犠牲を王自らが率直に数字で記録し、深い悔い(アヌタパ)に沈んだと告白する。岩勅はそのうえで、武力によるヴィジャヤ・バイラーマ(征服戦)の代わりにダルマ・ヴィジャヤ(法による征服)を新しい統治原理として宣言した。非殺生・真実・寛容・諸宗派の相互尊重の徳目を公共化し、ダルマ・マハーマータ(法の大官)が囚人・困窮者・諸宗派を巡察する制度を作った。この悔悟の公共告白は19世紀ブラフミー文字解読以降に再発見され、1950年サールナート四頭獅子柱頭がインド共和国の国章として採用される遠因となった。

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  • 文脈二次資料で確認済み要旨訳

    要旨訳: 紀元前261年頃、マウリヤ朝アショーカ王は東岸の独立王国カリンガ(現オディシャ州)を征服した。第13岩勅は戦勝記念碑としては世界史に類例が薄く、十五万人の捕囚と十万人の死者、さらに病と飢餓による多数の...

  • 文脈二次資料で確認済み研究上論争あり

    研究上論争あり: 紀元前261年頃、マウリヤ朝アショーカ王は東岸の独立王国カリンガ(現オディシャ州)を征服した。第13岩勅は戦勝記念碑としては世界史に類例が薄く、十五万人の捕囚と十万人の死者、さらに病と飢餓による多数の...

  • 文脈伝承として記録伝承

    伝承: 帝国内での最大の仏教事業は、第三結集(the Third Buddhist Council)の開催(伝・BC250年頃、パータリプトラ、長老モッガリプッタ・ティッサ主宰、上座部伝承)とその後の布教師団...

  • 引用校訂版で確認済み定本確認済み

    定本確認済み: 真の征服は、法(ダンマ)による征服である

  • 出典原典で確認済み定本確認済み

    定本確認済み: ashoka-1.source 表記『アショーカ第13岩勅(カリンガ悔悟勅)シャーバーズガリー・ギルナール両碑文による並行テキスト(BC257頃)、日本語訳は Hultzsch/渡辺照宏ほかによる』は...