ペトラルカ·1304–1374·中世イタリア
「私は二つの民のはざかいに立ち、前とうしろを同時に見渡している」
この言葉の背景
リウィウス『ローマ史』142巻のうち3デカスしか現存しない — 失われた古典を悼む章(第I巻19、プリニウスの条)に置かれた一節。嘆くだけの十分な知識も、知らずにいる者の慰めも持たない自分を、ペトラルカは「二つの民の境に立たされ、前とうしろを同時に見渡す者」と定義し、父祖から受け継いだのではないこの嘆きを後の世へ届けたいと書いた。古典の記憶と来るべき時代のあいだに身を置くこの自己定義が、のちの人文主義とルネサンスの自画像の原型になった。
出典と確認メモ
6件- 解釈二次資料で確認済み要旨訳
要旨訳: 1343年頃から着手され未完に終わった『記憶すべきこと』序文の論旨を凝縮した一節。ペトラルカは古代ローマの著作を渉猟するなかで、同時代のイタリアが古典の記憶を失ったまま明日を描けずにいることに気づいた...
- 解釈二次資料で確認済み要旨訳
要旨訳: この書簡はペトラルカ自身の文学的演出の色が濃く、実際に1336年に登山があったかすら論争がある(1352年の執筆時に遡及的に構成された可能性も指摘される)。しかし重要なのは、山頂で風景を見るより自分の...
- 抜粋原典で確認済み定本確認済み
定本確認済み: おお、若き日の惑いの一部一部を、散り散りの詩によって聴く方々よ、いま私ですらなかった頃の、異なる男の私の声を──私はあなた方に、同情と許しを願うだけである。
一次資料を開くPetrarca Canzoniere RVF 1 全文 Italian canonical edition。'Voi ch'ascoltate in rime...
- 抜粋原典で確認済み定本確認済み
定本確認済み: 私は二つの民のはざかいに立ち、前とうしろを同時に見渡している
一次資料を開くI 19, 4: 'Ego itaque, cui nec dolendi ratio deest nec ignorantie solamen adest, ...
- 出典原典で確認済み定本確認済み
定本確認済み: 『記憶すべきこと(Rerum memorandarum libri)』I 19(1343-45年頃)
一次資料を開くI 19, 4 に当該文を確認 (WebFetch 2026-08-07)
- 引用原典で確認済み要旨訳
要旨訳: 人々は山の高さ、海の巨大な波、川の広い流れ、大洋の周囲、星の運行を驚嘆しに行く。しかし自分自身のことは顧みない
一次資料を開くPetrarca Familiares IV.1 (Mont Ventoux 登頂記、1336年4月26日)。山頂で Augustine Confessione...