竹中半兵衛(竹中重治)·1544–1579·日本(戦国)
「我は百戦の器にあらず、一戦に命を託す者なり。」
この言葉の背景
後世の軍記物『絵本太閤記』などで竹中半兵衛に託された述懐で、同時代の一次史料には見えない伝承句である。稲葉山城を少数で奪ったと伝わる若者が、秀吉の軍師に転じてから病と共に数年を生き、三木城包囲の平井山陣中で数え三十六歳で倒れた。多くの戦ではなく、ここぞという一戦に命を賭けるという自己規定に、短命をあらかじめ引き受けた者の静かな気位が滲む。
出典と確認メモ
4件- 解釈伝承として記録伝承
伝承: 後世の軍記物『絵本太閤記』などで竹中半兵衛に託された述懐で、同時代の一次史料には見えない伝承句である。稲葉山城を少数で奪ったと伝わる若者が、秀吉の軍師に転じてから病と共に数年を生き、三木城包囲の平井山...
一次資料を開く国立国会図書館デジタルコレクションが『絵本太閤記』全 7 編 84 冊 (寛政 9 年初編刊 - 享和 2 年完結) の江戸版 digital scan を p...
- 抜粋伝承として記録伝承
伝承: 我は百戦の器にあらず、一戦に命を託す者なり。
- 抜粋伝承として記録伝承
伝承: 我は百戦の器にあらず、一戦に命を託す者なり。
一次資料を開く国立国会図書館デジタルコレクションが『絵本太閤記』全 7 編 84 冊(寛政 9 年初編刊 - 享和 2 年完結)の江戸版 digital scan を pub...
- 出典伝承として記録伝承
伝承: 『絵本太閤記』などに伝わる半兵衛評(後世編纂、同時代の一次史料ではない)