加藤清正·1562–1611·日本(戦国・桃山)
「築城は一代、仁政は百代。」
この言葉の背景
江戸期に編まれた『続撰清正記』や『清正公御事績』系の史料を通じて伝わる清正の治国観で、本人の直筆や同時代一次史料での定式化は確定していない。肥後52万石に入った清正が、熊本城の反り石垣や白川の堤、南関・日田への街道を整え、凶作時の救済にも手を伸ばした統治を、後世が一句に凝縮した伝承である。戦働きを一代の仕事と見切り、土と制度に遺すものを百代と位置づける語は、没後続く「清正公信仰」の民衆的記憶とも響き合う。