加藤清正·1562–1611·日本(戦国・桃山)
「民は国の本、治水は民の本。堤を築くことは城を築くに劣らぬ」
この言葉の背景
江戸期の『清正公御事績』や肥後熊本地方の口伝を通じて伝わる清正の治水観の要約であり、同時代一次史料での定式化は確定しない伝承句である。文禄の役後に肥後北半国を領した清正は、白川・緑川・菊池川の治水事業に着手し、現在も熊本市街を流れる白川河口の「鼻ぐり井手」、菊池川の鵜の瀬堰などを整備した。戦働きの城主ではなく、農政の設計者としての清正像を、後世が短く凝縮した一句として読むのが安全である。