養老孟司
言葉を信じない学者は、 なぜ猫を「ものさし」と呼んだのか。
1945 年、小学 2 年で敗戦を経験した解剖学者は、人間の言葉への不信を抱き続け、80 年のあいだに死体・虫・猫・身体という沈黙する対象を別々の場面で尺度にしてきた。
- 解剖学
- 身体
- 都市批判
- 自然
- 言葉への不信
焼け跡から都市の時代へ。言葉が一夜で裏返るのを見た子どもが、大人になって言葉で読まれた — ひらく
時代の空気
1937年生まれの養老孟司は、鎌倉で小学生のまま敗戦を迎えた世代に属する。焼け跡から高度成長へ向かう日本では、医学部、大学制度、都市の住宅地、企業社会が急速に整い、1989年の平成入りとバブル崩壊のあと、情報化と都市集中が生活の前提になった。東京大学を離れた後の1990年代から2000年代にかけて、解剖学者の語りは新書、テレビ、新聞を通じて広がり、2003年『バカの壁』は平成中期の大衆的な知の場に置かれた。
01「ものさしです」
2022 年に出た一冊の本がある。『 ありがとう』(西日本出版社)。書いたのは、解剖学者の養老孟司。主役は、スコティッシュフォールドの猫「まる」だ。18 年間、彼と暮らした猫である。
彼は問われてきた。あなたは何を尺度(ものをはかる基準)にしているのか、と。学者なら、本や理論の名前を挙げそうな場面だ。ところが答えは、こうだった。「ものさしです」。猫が、ものさしだという。
続けて彼は、その理由を語る。「人間社会に長くいると、判断に迷うことがある。まるを眺めていれば、人間社会の"常識"に毒されず、物事の本質を見誤ることはないだろう」(PRESIDENT Online、2022 年。『まる ありがとう』西日本出版社、2022 抜粋)。
そして同じ本に、もう一つの言葉がある。
私は、は 基本的には信用しない。
解剖学者として 60 年以上働き、本も何冊も書いた人である。その人が、人がしゃべったことを信じないと言う。そして、言葉を話さない猫をものさしにする。なぜそうなるのか。
後年の語りのなかで、彼はその理由を一つの年に置いてきた。時は 77 年前、1945 年に戻る。
02言葉が変わった日
1945 年。養老孟司は鎌倉に住む小学 2 年生だった。8 月、日本は戦争に負けた。彼が後年くり返し語るのは、そのときの大人たちの様子である。「世の中ががらりと変わった」(PRESIDENT Online、2022 年。『まる ありがとう』西日本出版社、2022 抜粋)。
前の日まで、大人たちは「」と言っていた。敵のアメリカやイギリスを、鬼やけものと呼ぶ言葉である。ところが敗戦の翌日、同じ大人たちが別の言葉で別のことを語り出した。同じ口から、まったくちがう言葉が出てくる。本人はこの経験を、人間の言葉そのものを信用しなくなった原点として、後の本や語りで何度も語り直している。
大人になった彼は、東京大学医学部の解剖学教室に進む。そしてを選んだ。理由として本人が挙げるのは、知的な興味でも、社会での地位でもない。もっと具体的な感覚だ。「は決してものを言わないから、作業していて気分が落ち着いた」(同前、『まる ありがとう』抜粋)。
死体は黙っている。言葉を裏返すこともない。しゃべる人間の代わりに、黙っている対象が、信用できるものさしとして残された。本人の説明はそう読める。
では、彼のものさしは死体だけだったのか。
03いてもいなくてもいい虫
もう一つ、黙っている相手がいる。だ。養老は小学生のころから、昆虫採集を続けてきた。
虫を採っているとき、何を考えているのか。2024 年のインタビューで、彼はこう答えている。「虫を採ったり、いじったりしてる時には、そう思ってますよ。『なんでこんなもんがいるんだろう?』と。それこそ、いてもいなくてもいい虫って、いっぱいいるんです」(YAMAP MAGAZINE「養老孟司さんに聞く、自然に学ぶ『一生懸命でなくていい生き方』」2024 年)。
「いてもいなくてもいい」。人間の社会は、たいてい役に立つかどうかで物事をはかる。その目で見ると、いてもいなくてもいい虫を追いかけるのは、むだな時間に見える。
けれど彼の語りからは、逆の見方が立ち上がる。人間の言葉が届かない場所が、この世界にはある。虫は、その生きた証拠なのだ、と。
虫の目で世界を見る。この感覚を、画面のなかでくり返し描いてきた人がいた。
04宮崎駿の隣で
アニメーション作家の宮崎駿である。1996 年、1998 年、2001 年。二人は三度、対談をした。その記録が(徳間書店 2002 / 後に新潮文庫)という本になっている。解剖学者とアニメーション作家が、子ども・自然・虫・身体について語り合った長い記録だ。
宮崎が画面で描いてきた「虫の目で世界を見る」感覚を、養老は別の言葉で語る。「人間も生物ですから、本来そういう自然環境の中での体験というのは重要なはずなんです。自然の中で子どもは無意識にさまざまなことを学んでいるんです」(YAMAP MAGAZINE、2024 年)。
同じインタビューで、彼は日本のを擁護する。里山とは、人が手を入れることで保たれてきた、村のそばの山や林のことだ。「世界中を見回しても、日本の里山のようにきめ細かく保全され、そして利用されている自然は少ないと思います」(同前)。
宮崎の作品にも、似た場面がある。『もののけ姫』(1997)では、鉄を作ると森が、争いながら隣り合って生きている。(2001)では、で働く少女が、泥だらけのを洗う。どちらも、人が入ることで自然と関わり続ける関係を描いている。養老の里山の話と、隣り合う問いとして読める。
三度の対談を軸に、二人は別々の言葉で似た方向を見続けてきた。では、養老の目は、人間の社会そのものをどう見ていたのか。
05意識は身体が気に入らない
1989 年、養老は(青土社)を出した。都市を「意識」だけの世界として見る問題意識で、広く知られる本である。
35 年後の 2024 年、彼は同じ問題を、もっと短い言葉で言った。「意識は身体が気に入らないんですよ」(Yahoo! ニュース サストモ「『今は世界が半分になっちゃった』養老孟司さんに聞く」2024 年)。都市は、頭のなかの「意識」だけで組み立てられた世界である。そこでは、人間自身の身体は自然の側に属するものとして、おさえこまれる相手になる。
同じ年、彼はもう一つの問いを出している。「もしかして一生懸命に働かなくても大丈夫なんじゃない?」(YAMAP MAGAZINE、2024 年)。努力と効率を当たり前とする社会で、その当たり前そのものを疑ってみる問いだ。
死体、虫、身体。黙っている相手が、少しずつ重ねられてきた。そして最後に、もう一つが加わる。冒頭の猫である。
06猫を眺める
まるは、18 年間、養老のそばにいた。猫は人間の言葉を話さない。敗戦の翌日に言葉を裏返した大人たちとは、まったくちがう相手である。
「人間社会に長くいると、判断に迷うことがある。まるを眺めていれば、人間社会の"常識"に毒されず、物事の本質を見誤ることはないだろう」(PRESIDENT Online、2022 年)。この言葉を、ここまで読んできた場面の隣に置いてみる。
人がしゃべったことは信用しない。死体は黙っている。虫は意味の外にいる。猫は人間社会の常識に毒されない。1945 年に始まったと本人が語る不信は、80 年のあいだに、別々の黙っている相手のなかに置き直されてきたように読める。
だから、冒頭の答えに戻ることができる。言葉を信じない学者が、猫をものさしと呼んだ理由。それは、猫が話さないからだ、と読める。
07沈黙する尺度たち——作品から読める問い
養老孟司の言葉のなかに、繰り返し現れる態度がある。「私は、人がしゃべったことは基本的には信用しない」(『まる ありがとう』西日本出版社、2022 年)。解剖学者として 60 年以上働き、ベストセラー著作家としても広く読まれてきた人が、自分の本業に近い「言葉」そのものへの不信を、晩年になっても変えずに置き続けている。
この不信は、皮肉でも反知性でもない。彼の手のなかでは、信用できないものに代わって、信用できる尺度が長い時間をかけて準備されてきた。死体、虫、猫、自分の身体。沈黙する対象が、80 年の仕事のなかで別々の場面に置き直されてきたように読める。
死体を選んだ理由は、「死体は決してものを言わないから、作業していて気分が落ち着いた」という自己説明である。沈黙する対象だけが、信用できる尺度として残された、という構図がここにある。虫については、意味や効率の外側にいる対象——「いてもいなくてもいい」存在——を尺度にすることは、人間社会の言語の側から見ると非生産的に映る。彼にとってそれは、人間の言葉が届かない領域があるということの、生きた証拠である。
その姿勢は、社会診断にも姿を現す。都市が「意識」だけの世界として組み立てられているとき、人間自身の身体は——自然の側に属するものとして——抑圧の対象になる。1989 年の『唯脳論』で知られる問題意識と、2024 年の「意識は身体が気に入らないんですよ」という語りが、別の言葉で響き合う。「もしかして一生懸命に働かなくても大丈夫なんじゃない?」という 2024 年の問いも、努力と効率を当然視する社会のなかで、その前提自体を疑う問いを置き直すものだ。これは自己啓発の反対方向の語りであり、解剖学者として身につけた、言葉への不信の延長でもある。
宮崎駿との三度の対談は、この姿勢の同時代の対話相手を示している。『もののけ姫』におけるタタラ場と森の共存の描き方、『千と千尋の神隠し』の腐れ神を洗う湯屋の労働。それらが描く「人が入ることで自然と関わり続ける」関係は、養老の里山論と隣り合う問いとして読める。
最後に残るのは、解剖し、採集し、眺めるという、具体的な観察の手つきである。沈黙する対象を、社会の言葉に振り回されない場所に置いておくこと。それが、晩年の語りにも残る彼自身の手の動きである。
では、あなたが判断に迷ったとき、言葉の外に置いている「ものさし」は何だろうか。
主要作品の年表をひらく
主要作品Works Timeline
- 1989唯脳論著書(print)「都市=脳化社会」概念を提示。「ああすればこうなる」社会論の起点。
- 1997身体の文学史著書(print)漱石・鴎外・芥川・三島ら近代日本文学を「身体」の抑圧史として読み替える評論。
- 2002虫眼とアニ眼作品(print)宮崎駿との三度対談集。子ども・自然・虫を語り合う。宮崎駿との共著。
- 2003バカの壁著書(print)北里大講義をもとにした口述筆記新書。450 万部超のベストセラー。
- 2004死の壁著書(print)『バカの壁』続編。死をめぐる思索を新書サイズで凝縮した第二部作。
- 2014「自分」の壁著書(print)『バカの壁』から 11 年、脳・人生・医療・死・情報化社会を改めて語る。
- 2021まる ありがとう著書(print)18 年連れ添った愛猫まるへの本。猫を「ものさし」とする身体観の集約。
つながり
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WikipediaWikipedia 日本語版「養老孟司」項
WikipediaEnglishWikipedia English — "Takeshi Yoro"
出典 Citations
- 著書
解剖学者として「都市=脳化社会」を読解した代表作。後の論考の方法論的基盤として 35 年以上参照され続けている。
養老孟司『唯脳論』青土社, 1989 ▸
- 著書
北里大学講義をもとに、編集者との対話形式で書き起こされた新書。「コミュニケーションの不可能性」を粘り強く説く解剖学者の論。450 万部超のベストセラー。
養老孟司『バカの壁』新潮新書, 2003-04 ▸
- 著書
1996・1998・2001 年の三度にわたる宮崎駿との対談記録。子ども・自然・虫・身体について、解剖学者とアニメーション作家が語り合った長期対話。
スタジオジブリ『虫眼とアニ眼』(宮崎駿との対談集) 徳間書店 / 新潮文庫, 2002 ▸
- 著書
18 年間ともに暮らしたスコティッシュフォールドの愛猫まると、自身の戦争体験・解剖学者人生を重ねたエッセイ。「人間社会の常識に毒されない」尺度としての猫。
養老孟司『まる ありがとう』西日本出版社, 2022 ▸
- インタビュー
都市化と身体性喪失についての 2024 年語り。「意識は身体が気に入らないんですよ」「現実が、自分の脳みその大きさまで縮小してしまうんです」など、『唯脳論』の問題意識が現在の言葉で語り直された primary source。
Yahoo! ニュース サストモ「『今は世界が半分になっちゃった』養老孟司さんに聞く、もう半分の世界のこと」, 2024-08 ▸
- インタビュー
「いてもいなくてもいい虫」「日本の里山」「もしかして一生懸命に働かなくても大丈夫なんじゃない?」など、努力と効率を疑う 2024 年の発言。子どもの自然体験論で宮崎駿との対談集と通奏する。
YAMAP MAGAZINE「養老孟司さんに聞く、自然に学ぶ『一生懸命でなくていい生き方』」, 2024 ▸
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