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知の革新

養老孟司

Yōrō Takeshi·1937–·日本·

言葉を信用しない手は、 80 年で何を尺度にしてきたか。

1945 年、小学 2 年で敗戦を経験した解剖学者は、人間の言葉への不信を抱き続け、80 年のあいだに死体・虫・猫・身体という沈黙する対象を別々の場面で尺度にしてきた。

  • 解剖学
  • 身体
  • 都市批判
  • 自然
  • 言葉への不信

主要作品Works Timeline

  1. 1989
    唯脳論著書(print)
    「都市=脳化社会」概念を提示。「ああすればこうなる」社会論の起点。
  2. 1997
    身体の文学史著書(print)
    漱石・鴎外・芥川・三島ら近代日本文学を「身体」の抑圧史として読み替える評論。
  3. 2002
    虫眼とアニ眼作品(print)
    宮崎駿との三度対談集。子ども・自然・虫を語り合う。宮崎駿との共著。
  4. 2003
    バカの壁著書(print)
    北里大講義をもとにした口述筆記新書。450 万部超のベストセラー。
  5. 2004
    死の壁著書(print)
    『バカの壁』続編。死をめぐる思索を新書サイズで凝縮した第二部作。
  6. 2014
    「自分」の壁著書(print)
    『バカの壁』から 11 年、脳・人生・医療・死・情報化社会を改めて語る。
  7. 2021
    まる ありがとう著書(print)
    18 年連れ添った愛猫まるへの本。猫を「ものさし」とする身体観の集約。

時代の空気

1937年生まれの養老孟司は、鎌倉で小学生のまま敗戦を迎えた世代に属する。焼け跡から高度成長へ向かう日本では、医学部、大学制度、都市の住宅地、企業社会が急速に整い、1989年の平成入りとバブル崩壊のあと、情報化と都市集中が生活の前提になった。東京大学を離れた後の1990年代から2000年代にかけて、解剖学者の語りは新書、テレビ、新聞を通じて広がり、2003年『バカの壁』は平成中期の大衆的な知の場に置かれた。

問いの輪郭

養老孟司の言葉のなかに、繰り返し現れる態度がある。「私は、は基本的には信用しない」(『 ありがとう』西日本出版社、2022 年)。解剖学者として 60 年以上働き、ベストセラー著作家としても広く読まれてきた人が、自分の本業に近い「言葉」そのものへの不信を、晩年になっても変えずに置き続けている。

この不信は、皮肉でも反知性でもない。彼の手のなかでは、信用できないものに代わって、信用できる尺度が長い時間をかけて準備されてきた。、猫、自分の身体。沈黙する対象が、80 年の仕事のなかで別々の場面に置き直されてきたように読める。

1945 — 敗戦の日と言葉への不信

不信の起点は、1945 年に置かれている。当時小学 2 年。後年、養老はこの体験を、人の言葉を信用しない理由として繰り返し語り直している。「世の中ががらりと変わった」(PRESIDENT Online、2022 年。『まる ありがとう』西日本出版社、2022 抜粋)。前日まで「鬼畜米英」を語っていた大人たちが、敗戦の翌日には別の言葉で別のことを語り出した。同じ口から異なる言葉が出てくる経験を、後の養老は人間の言葉そのものへの根本的な不信の原点として位置づけてきた。

東京大学医学部解剖学教室を経て、彼はを選ぶ。理由として彼が挙げるのは、知的興味でも社会的地位でもなく、もう少し具体的な感覚である。「死体は決してものを言わないから、作業していて気分が落ち着いた」(同前、『まる ありがとう』抜粋)。沈黙する対象だけが、信用できる尺度として残された、という自己説明である。

死体・虫・猫 — 沈黙する尺度たち

「死体」だけが彼の尺度だったわけではない。沈黙する対象の系列は、職業の枠の外まで広がっていく。

虫が、その一つである。小学生のころから続く昆虫採集について、彼はこう語る。「虫を採ったり、いじったりしてる時には、そう思ってますよ。『なんでこんなもんがいるんだろう?』と。それこそ、いてもいなくてもいい虫って、いっぱいいるんです」(YAMAP MAGAZINE「養老孟司さんに聞く、自然に学ぶ『一生懸命でなくていい生き方』」2024 年)。意味や効率の外側にいる対象——「いてもいなくてもいい」存在——を尺度にすることは、人間社会の言語の側から見ると非生産的に映る。彼にとってそれは、人間の言葉が届かない領域があるということの、生きた証拠である。

晩年、もう一つの尺度が加わった。スコティッシュフォールドの愛猫「まる」。18 年間ともに暮らした猫について、彼は何を尺度にしているのかと問われ、「ものさしです」と答えてきた。「人間社会に長くいると、判断に迷うことがある。まるを眺めていれば、人間社会の"常識"に毒されず、物事の本質を見誤ることはないだろう」(PRESIDENT Online、2022 年。『まる ありがとう』西日本出版社、2022 抜粋)。死体、虫、猫。沈黙する尺度の系列が、80 年のあいだに少しずつ重ねられている。

その姿勢は、社会診断にも姿を現す。「意識は身体が気に入らないんですよ」(Yahoo! ニュース サストモ「『今は世界が半分になっちゃった』養老孟司さんに聞く」2024 年)。都市が「意識」だけの世界として組み立てられているとき、人間自身の身体は——自然の側に属するものとして——抑圧の対象になる。1989 年の(青土社)で知られる問題意識と、2024 年の語りが、別の言葉で響き合う。

宮崎駿の隣で

この姿勢には、三度の対談を軸にした同時代の対話相手がいる。宮崎駿である。1996 年、1998 年、2001 年の三度の対談をまとめた(徳間書店 2002 / 後に新潮文庫)は、解剖学者とアニメーション作家が、子ども・自然・虫・身体について語り合った長期記録である。

宮崎駿が画面のなかでくり返し描いてきた「虫の目で世界を見る」感覚を、養老は別の言葉で語っている。「人間も生物ですから、本来そういう自然環境の中での体験というのは重要なはずなんです。自然の中で子どもは無意識にさまざまなことを学んでいるんです」(YAMAP MAGAZINE、2024 年)。同じインタビューで彼は、人間が手を入れることで保たれる自然の例として、日本のを擁護する。「世界中を見回しても、日本の里山のようにきめ細かく保全され、そして利用されている自然は少ないと思います」(同前)。

宮崎の『もののけ姫』(1997)におけるタタラ場と森の共存の描き方、『千と千尋の神隠し』(2001)の腐れ神を洗う湯屋の労働。それらが描く「人が入ることで自然と関わり続ける」関係は、養老の里山論と隣り合う問いとして読める。三度の対談を軸に、両者は別々の語彙で似た方向を見続けてきた。

80 年経って残るもの

「もしかして一生懸命に働かなくても大丈夫なんじゃない?」という問いを、養老は 2024 年のインタビューで提出している(YAMAP MAGAZINE、2024 年)。努力と効率を当然視する社会のなかで、その前提自体を疑う問いを置き直すこと。これは自己啓発の反対方向の語りであり、解剖学者として身につけた、言葉への不信の延長でもある。

人がしゃべったことは信用しない。死体は黙っている。虫は意味の外にいる。猫は人間社会の常識に毒されない。1945 年の経験から後年に語り直される不信が、解剖学者の長いキャリアと対談集と晩年の猫のなかで、別々の対象に置き直されてきたように読める。

最後に残るのは、解剖し、採集し、眺めるという、具体的な観察の手つきである。沈黙する対象を、社会の言葉に振り回されない場所に置いておくこと。それが、晩年の語りにも残る彼自身の手の動きである。

本ページは PhiloGlyph による作品越しの独自解釈です。 ご本人の見解を代表するものではありません。 本文の引用・解釈に誤りや、追加すべき出典があれば、ページ末尾の「修正を提案する」よりお寄せください。

出典 Citations

  1. 著書

    解剖学者として「都市=脳化社会」を読解した代表作。後の論考の方法論的基盤として 35 年以上参照され続けている。

    養老孟司『唯脳論』青土社, 1989

  2. 著書

    北里大学講義をもとに、編集者との対話形式で書き起こされた新書。「コミュニケーションの不可能性」を粘り強く説く解剖学者の論。450 万部超のベストセラー。

    養老孟司『バカの壁』新潮新書, 2003-04

  3. 著書

    1996・1998・2001 年の三度にわたる宮崎駿との対談記録。子ども・自然・虫・身体について、解剖学者とアニメーション作家が語り合った長期対話。

    スタジオジブリ『虫眼とアニ眼』(宮崎駿との対談集) 徳間書店 / 新潮文庫, 2002

  4. 著書

    18 年間ともに暮らしたスコティッシュフォールドの愛猫まると、自身の戦争体験・解剖学者人生を重ねたエッセイ。「人間社会の常識に毒されない」尺度としての猫。

    養老孟司『まる ありがとう』西日本出版社, 2022

  5. インタビュー

    都市化と身体性喪失についての 2024 年語り。「意識は身体が気に入らないんですよ」「現実が、自分の脳みその大きさまで縮小してしまうんです」など、『唯脳論』の問題意識が現在の言葉で語り直された primary source。

    Yahoo! ニュース サストモ「『今は世界が半分になっちゃった』養老孟司さんに聞く、もう半分の世界のこと」, 2024-08

  6. インタビュー

    「いてもいなくてもいい虫」「日本の里山」「もしかして一生懸命に働かなくても大丈夫なんじゃない?」など、努力と効率を疑う 2024 年の発言。子どもの自然体験論で宮崎駿との対談集と通奏する。

    YAMAP MAGAZINE「養老孟司さんに聞く、自然に学ぶ『一生懸命でなくていい生き方』」, 2024

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  • 文脈二次資料で確認済み要旨訳

    要旨訳: quotes.ts yoro-1.context は 1945 年敗戦時の小学 2 年体験から人間の言葉への根本的不信に至る、養老孟司の自己説明を伝聞文体('という''後年に繰り返し語り直してきた')...

    一次資料を開くphilograph quotes.ts の text『私は、人がしゃべったことは基本的には信用しない』の出典書籍。愛猫 (まる) の死を契機に書かれたエッセイ...

  • 解釈二次資料で確認済み要旨訳

    要旨訳: 養老孟司が 1945 年敗戦時の小学 2 年体験 (世の中ががらりと変わった経験) を契機に、人間の言葉そのものへの根本的な不信を後年繰り返し語り直してきた、という編者要約。

  • 抜粋一次資料で確認済み原典確認済み

    原典確認済み: 私は、人がしゃべったことは / 基本的には信用しない。

  • 出典一次資料で確認済み原典確認済み

    原典確認済み: yoro.mdx pullsource '養老孟司『まる ありがとう』(西日本出版社、2022)、PRESIDENT Online 抜粋経由' は養老孟司『まる ありがとう』(西日本出版社、2022 ...

  • 出典二次資料で確認済み研究上論争あり

    研究上論争あり: src/data/quotes.ts yoro-1.source の出典表記「養老孟司『まる ありがとう』西日本出版社、2022(PRESIDENT Online、2022 年 8 月抜粋経由)」につ...

つながり

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