イエス・ベン・ヨセフ
敵をも愛す、 とはどういうことか?
神の国の到来と徹底した愛を説き、十字架にかけられてなおキリスト教の源流となった大工の息子
- 愛
- 神の国
- 山上の垂訓
時代の空気
第二神殿期のユダヤである。アウグストゥスからティベリウスへ移るローマの治下で、パレスチナはヘロデ大王の死後にアンティパスのガリラヤとアルケラオスのユダヤに分けられ、後者は紀元六年からローマ総督州となった。プラエフェクトゥス・ピラトゥス(在位二六-三六)の任期はここに重なる。律法解釈をめぐりファリサイ派とサドカイ派が並び、エッセネ派が荒野に退き、熱心党は反乱の機を窺っていた。エルサレムは神殿と祭司階級の都、ガリラヤはアラム語と農村と漁の世界。重い租税と過越の群衆、そして油注がれた者を待つ希望が、湖と神殿のあいだに張り詰めていた。
01ベツレヘムとナザレ、大工の子
紀元前4年頃(ヘロデ大王の死の直前)、あるいはそれに近い時期、ユダヤ王国のベツレヘム、またはガリラヤのナザレで生まれた。新約聖書のマタイとルカの福音書はベツレヘム誕生を伝えるが、福音書間で細部は一致せず、史実としての出生地は今も論じられている。生年も諸説あり、BC7–4年ごろとする研究が多い。
父ヨセフ(Yosef)は大工(テクトーン、大工とも石工とも解される職人)だった。母マリア(Miryam)。福音書の伝える「処女懐胎」は信仰の文法で語られた宣言であり、史実としての確定は困難だが、イエスの出自がガリラヤの庶民層であったことは広く認められている。兄弟にヤコブ、ヨセ、ユダ、シモン、そして姉妹がいたと福音書は記す。
家族はローマ帝国ヘロデ朝治下の下ガリラヤ(Lower Galilee)、ナザレ(人口500人ほどの小村)に定住した。湖畔のカファルナウム、ベトサイダと並ぶガリラヤ農村の一つである。ここで少年は父の仕事を手伝いながら、アラム語を母語とし、シナゴーグ(会堂)でヘブライ語聖書を学んだ。
02洗礼者ヨハネとヨルダン川
紀元28年頃(ティベリウス帝治世第15年、ルカ 3:1)、30歳前後のイエスは、ヨルダン川下流域で悔い改めのバプテスマ(洗礼)を宣べていた洗礼者ヨハネ(Yoḥanan the Baptizer)のもとを訪ねた。ヨハネは砂漠の預言者風の装束で、らくだの毛衣を着、イナゴと野蜜を食べ、ユダヤ各地から集まる人々をヨルダン川に沈めて洗礼を授けていた。
イエスもヨハネの手で洗礼を受けた。共観福音書(マタイ・マルコ・ルカ)はいずれもこの場面を伝え、天からの声を記す(マタイ 3:17は三人称「これは」、マルコ 1:11・ルカ 3:22は二人称「あなたは」と、語り口は福音書によって異なる)。洗礼の後、イエスは荒野に退き、四十日の断食と試練を経たとされる。やがてヨハネがヘロデ・アンティパスによって逮捕されると、イエスはガリラヤに戻り、独立した宣教を始めた。
師ヨハネの運動を出発点としたという史実層は、のいずれもが触れざるをえなかった点で歴史批評研究では「揺るぎにくい」記憶とされる。共同体にとって都合の悪い情報ほど史実層に近いという基準である。
03ガリラヤ湖畔、十二人を集める
ガリラヤ湖(ティベリアス湖、キンネレト湖)の北西岸、カファルナウムを拠点にした。湖畔で漁をしていたペトロ(シモン)とその弟アンデレ、ゼベダイの子ヤコブとヨハネを最初の弟子とした。続いて徴税人マタイ(レビ)、熱心党のシモン、のちに裏切ることになるイスカリオテのユダらを加え、十二弟子(十二使徒)を組織した。十二の数はイスラエルの十二部族を念頭に置いた象徴的編成だったとみる学者が多い。
湖畔の町で、会堂で、そして野外で、イエスは群衆に教えた。マタイ 5-7章の(「山上の垂訓」)は、彼の教えの中核を凝縮している ―「心の貧しい者は幸い」「悲しむ者は幸い」「柔和な者は幸い」「義に飢え渇く者は幸い」「平和をつくる者は幸い」の至福の教え(真福八端)、「敵を愛せ」「求めよ、さらば与えられん」「人にしてもらいたいことを、人にもせよ」(黄金律)。中ほどに置かれた(マタイ 6:9-13)は、神の国の到来と日用の糧と赦しを願う数行に凝縮されている。
彼は譬え(parable)の達人だった。種まく人、よきサマリア人、放蕩息子、失われた羊、からし種、毒麦。日常の情景からの到来を告げた。神の国は未来のはるか先ではなく、「あなたがたの中にある」と語った(ルカ 17:21)。ガリラヤは律法の中心エルサレムから地理的にも宗教的にも辺境とされ、ヘレニズムと農村とアラム語の世界が混じる土地が、この宣教の風土だった。
04癒しと食卓、律法への自由
福音書は多くの癒しと食事の場面を伝える。盲人の目を開き、足萎えを立たせ、らい病人に触れ、血漏の女に手を差し伸べる。徴税人マタイの家で食事をし、娼婦、病人、罪人と同じ食卓に着いた。この「罪人との共食」こそ、当時のファリサイ派・エッセネ派の清浄規定から見れば最大のスキャンダルであり、イエスの神の国の中心的象徴だった。
律法(トーラー)の解釈をめぐって、彼はしばしば既存の権威と衝突した。「安息日は人のためにあり、人が安息日のためにあるのではない」(マルコ 2:27)。離縁、誓い、清浄規定について、彼は律法の文字の下にある意図を再解釈した。「あなたがたは昔の人々に『殺すな』と言われたことを聞いている。しかし、私はあなたがたに言う、兄弟に対して怒る者は裁きを受ける」(マタイ 5:21-22)。
ファリサイ派への鋭い批判(とくに偽善への批判、マタイ 23章)は激しかったが、すべてのファリサイ派と敵対したわけではなく、ファリサイ派のニコデモのように友好的な者もいた。イエス自身の説教スタイルは、ファリサイ派のラビ的な議論の伝統と多くを共有する。奇跡物語(パンの増殖、嵐の鎮め、死者の復活)は信仰共同体の証言として福音書に編まれており、史実層と解釈層を切り分ける作業は今も続いている。
05エルサレム入城、神殿の粛清
公生涯は約三年、あるいはもっと短い可能性もある(福音書によって記述が異なる)。ガリラヤでの宣教を経て、イエスは弟子たちを連れて過越の祭りのためにエルサレムへ向かった。ベタニアから子ろばに乗って入城した場面(棕櫚の主日の伝承)は、ゼカリヤ 9:9の預言を意識した行為であり、民衆の期待を高めた。
エルサレムの神殿(第二神殿)の境内で、イエスは両替商と犠牲獣を売る商人たちの机をひっくり返した(宮清め、マルコ 11章)。神殿を祈りの家ではなく強盗の巣にしていると告発した。この行為はユダヤ最高法院(サンヘドリン)の大祭司カイアファとその一族を直接刺激した。過越の大祭、ローマ軍プラエフェクトゥス・ポンティウス・ピラトゥスも都に滞在している、政治的に最も緊迫した時期である。
最後の夕食(最後の晩餐、過越の食事、または準備日の食事)で、イエスはパンを裂いて「これは私の体」、ぶどう酒を回して「これは私の血」と弟子たちに渡した。後のキリスト教の聖餐の原型となる場面である。その夜、ゲッセマネのオリーブ園でイエスは地にひれ伏し、「父よ、できることなら、この杯を私から取りのけてください。しかし、私の思いではなく、御心のままに」と祈ったと福音書は伝える(マタイ 26:39、マルコ 14:36、ルカ 22:42)。祈りの後、武装した群衆に逮捕された。イスカリオテのユダの手引きがあった、と福音書は記し、シモン・ペトロの三度の否認も同じ夜に起きたと伝える。
敵を愛し、あなたがたを迫害する者のために祈りなさい。
06十字架と復活の宣教
サンヘドリンの審問の後、イエスはローマ総督ポンティウス・ピラトゥスに引き渡された。ピラトゥスは政治的扇動の疑いでイエスに十字架刑(ローマが属州の反逆者に課す極刑)を宣告した。罪状書きは「ユダヤ人の王」(INRI:Iesus Nazarenus Rex Iudaeorum)。ピラトゥスの優柔不断と群衆の声を強調する描写は福音書間で差があり、誰の判断が決定的だったかは史的判断の論点となっている。
AD30年頃(諸説あり、AD30〜33年のいずれか、多くの研究者はAD30またはAD33を推定)、過越の準備日の金曜日、エルサレム城壁の外、ゴルゴタ(アラム語で「頭蓋骨の場」)の丘で処刑された。福音書はイエスの十字架上の言葉を断片的に伝える ―「父よ、彼らをお赦しください。自分が何をしているかわからないのです」(ルカ 23:34)、「わが神、わが神、なぜ私をお見捨てになったのですか」(マタイ 27:46、詩篇22篇の冒頭)、そして「成し遂げられた」(ヨハネ 19:30)。マルコ福音書に従えば第三時(午前9時頃)から第九時(午後3時頃)まで、およそ六時間ほどで息絶えたと伝えられる。
弟子アリマタヤのヨセフが遺体を引き取り、新しい墓に葬った。ところが三日目の朝、マグダラのマリアらが墓を訪れると遺体は無く、弟子たちに復活したイエスが現れたと新約聖書は伝える(マタイ 28章、ルカ 24章、ヨハネ 20章、1コリント 15章)。歴史学的事実の問題とは別に、弟子たちがそう信じ、命を賭けて宣教に踏み出した事実は疑いえない ― 史的イエス研究はその信仰経験の起点と新約諸文書の証言層を冷静に切り分け続けている。
07ナザレ派からキリスト教へ
イエスの死後、弟子たちはエルサレムに留まり、兄弟ヤコブ(義人ヤコブ)を中心とする初期ナザレ派共同体を形成した。ペトロはローマへ、ヤコブは紀元62年にエルサレムで処刑され、多くの使徒が殉教した。もともとキリスト教徒を迫害していたタルソスのサウロ(パウロ)は、ダマスコ途上で復活のイエスとの出会いを経験し、異邦人への宣教に生涯を捧げた。
注目すべきは時系列である。福音書よりも先に書かれたのはパウロの手紙だった。テサロニケ第一書(50年代初頭)を皮切りに、ガラテヤ書、コリント書、ローマ書が50年代から60年代にかけて書かれ、これら最古の新約文書は譬えやガリラヤの逸話ではなく、十字架と復活の意味を中心に論じている。福音書はその後に編まれた。マルコが65-70年頃で最古、マタイとルカが80年代、ヨハネは独立の伝統を含みつつ90-110年頃と推定される。マタイとルカに共通しマルコにない語録は失われた語録資料(ドイツ語Quelle、Q仮説)に由来するというのが現代研究の標準的前提である。
70年、ローマ軍によるエルサレム神殿の破壊を経て、ナザレ派はユダヤ教の主流から分離し、やがてキリスト教(ギリシア語Χριστός=油注がれた者、メシアの訳)と呼ばれる独自の宗教となった。諸福音書はそれぞれ異なる時期に異なる読者層に向けて書かれたものであり、神学的解釈の層と史実の層を切り分ける作業は今日まで続いている。イエス自身は一行も書き残さなかった。母語アラム語の肉声は、ギリシア語の福音書を通してしか伝わらない。しかし彼の譬え、山上の説教、主の祈り、そして十字架と復活の出来事は、以後20世紀をこえて、数十億の人々の人生観と倫理観を形づくってきた。
08主要な出来事と著作
- ベツレヘム、あるいはナザレで誕生(ヘロデ大王没年BC4年から逆算、諸説あり)
- ガリラヤのナザレで成長。父ヨセフ(大工)、母マリア、兄弟ヤコブら
- 洗礼者ヨハネのもとで洗礼を受ける(ルカ 3:1、ティベリウス治世第15年)
- ガリラヤを拠点に公生涯。十二弟子を集め、山上の説教、多くの譬え、癒しを行う
- エルサレム入城、宮清め、最後の晩餐(過越の食事)
- ゲッセマネで逮捕、サンヘドリン審問、ピラト裁判の下で十字架刑(AD30または33年、諸説あり)
- 復活の出現譚(マタイ・ルカ・ヨハネ福音書、1コリント 15章)
- エルサレムで初期ナザレ派共同体、ペトロ・義人ヤコブ中心
- パウロの回心、異邦人宣教の開始
- パウロ書簡が書かれ始める。新約最古の文書層
- 兄弟ヤコブ、エルサレムで処刑(ヨセフス『ユダヤ古代誌』)
- マルコ福音書(最古の福音書)
- ローマ軍によるエルサレム神殿の破壊。ユダヤ教からキリスト教が分離
- マタイ福音書、ルカ福音書(Q仮説:両者に共通する語録資料を想定)
- ヨハネ福音書。新約聖書の核となる四福音書とパウロ書簡が出揃う
残した思想の輪郭
- 神の国の到来 ― はるか未来ではなく、今ここに侵入しつつある神の支配。最後の者が最初になる逆転の論理
- 愛の二大戒 ― 「心を尽くして神を愛せ」と「自分のように隣人を愛せ」(マタイ 22章、申命記 6:5とレビ 19:18の結合)
- 敵を愛せ ― 当時の倫理の最前線を超えた、報復ではなく赦しと祈りに基づく徹底した愛()
- 罪人との共食 ― 徴税人、娼婦、らい病人を食卓に迎える、清浄規定を超えた神の国の象徴
- 山上の説教 ― 至福の教え、律法の成就、祈り、富、隣人愛を包括するキリスト教倫理の源泉
- 十字架と復活 ― 敗北に見える死が弟子たちの信仰経験を通じて救いの中心へと反転した逆説
- 譬えの言語 ― 神の国を抽象的教説ではなく、種・パン・羊・父と息子といった日常像で語る手法
史実と信仰の書き分け
- 一次資料は四福音書(マルコ65-70頃、マタイ・ルカ80年代、ヨハネ90-110頃)、最古層は(50-60年代)
- 共観福音書研究では、マタイとルカに共通しマルコにない語録の出所として(語録資料)が仮説的に立てられる
- 「諸福音書はそれぞれ異なる時期に異なる読者層に向けて書かれた」 ― 神学的解釈と史実層を切り分ける作業は史的イエス研究として現在も続いている
- 信仰共同体の証言と歴史学的判断を冷静に併置することが、リスペクトを欠かない読み方の前提となる
出典と確認メモ
12件- 文脈原典で確認済み要旨訳
要旨訳: jesus.mdx Chapter 6 段落: AD30 年頃 (諸説 AD30-33、多数派は AD30 または AD33) 過越準備日金曜、エルサレム城壁外ゴルゴタ (アラム語 Golgotha ...
一次資料を開くマタイ 27:46 Eli Eli lema sabachthani 我が神我が神なぜ私を見捨てた
- 文脈原典で確認済み原典確認済み
原典確認済み: ガリラヤ湖(ティベリアス湖、キンネレト湖)の北西岸、カファルナウムを拠点にした。湖畔で漁をしていたペトロ(シモン)とその弟アンデレ、ゼベダイの子ヤコブとヨハネを最初の弟子とした。続いて徴税人マタイ(レ...
- 文脈二次資料で確認済み要旨訳
要旨訳: イエスの死後、弟子たちはエルサレムに留まり、兄弟ヤコブ(義人ヤコブ)を中心とする初期ナザレ派共同体を形成した。ペトロはローマへ、ヤコブは紀元62年にエルサレムで処刑され、多くの使徒が殉教した。もともと...
- 文脈校訂版で確認済み定本確認済み
定本確認済み: マタイ5:3、ガリラヤの山上で語られたと伝えられる「八福の教え(マカリズム)」の第一句である(新共同訳)。ルカ6:20の平行記事では「貧しい人々は、幸いである」とより直接的に語られ、編集層の差はあるが...
一次資料を開くMatt. 5:3 SBLGNT: 'Μακάριοι οἱ πτωχοὶ τῷ πνεύματι, ὅτι αὐτῶν ἐστιν ἡ βασιλεία τῶ...
- 文脈原典で確認済み定本確認済み
定本確認済み: ガリラヤ湖畔、山上の垂訓の一節(マタイ5:44)。ローマ支配下の属州で、日々の敵が抽象ではなく目の前にいた群衆へ向けて語られた。同じ箇所でイエスは「昔の人に『隣人を愛し敵を憎め』と言われてきた、しかし...
一次資料を開くUSCCB 公式新約全文。Matthew 5:1 山上、5:43-48 敵を愛せ箇所を canonical 確定
- 思想原典で確認済み要旨訳
要旨訳: 残した思想の輪郭 / - 神の国の到来 ― はるか未来ではなく、今ここに侵入しつつある神の支配。最後の者が最初になる逆転の論理 / - 愛の二大戒 ― 「心を尽くして神を愛せ」と「自分のように隣人を愛...
一次資料を開くMatthew 22:34-40 — Jesus の最大戒命 'You shall love the Lord, your God, with all your...
- 抜粋原典で確認済み定本確認済み
定本確認済み: 敵を愛し、あなたがたを迫害する者のために祈りなさい
一次資料を開くMatthew 5:44 (NIV): 'But I tell you, love your enemies and pray for those who pe...
- 抜粋原典で確認済み定本確認済み
定本確認済み: 敵を愛し、あなたがたを迫害する者のために祈りなさい。
一次資料を開くMatthew 5:44 (NIV): 'But I tell you, love your enemies and pray for those who pe...
- 出典校訂版で確認済み定本確認済み
定本確認済み: jesus.mdx pullsource (jesus-2)『マタイによる福音書5章3節(山上の垂訓・八福の冒頭)』は pullquote の出典として canonical 正確。SBLGNT Mat...
一次資料を開くMatt. 5:3 SBLGNT 全文。philoglyph pullsource『マタイによる福音書5章3節』の章節情報を critical edition ...
- 出典原典で確認済み定本確認済み
定本確認済み: jesus.mdx pullsource 'マタイ 5:44(山上の説教)' は pullquote「敵を愛し、あなたがたを迫害する者のために祈りなさい」の出典として、新約聖書マタイ福音書 5:44(...
一次資料を開くMatt. 5:44 SBLGNT: 'ἐγὼ δὲ λέγω ὑμῖν, ἀγαπᾶτε τοὺς ἐχθροὺς ὑμῶν καὶ προσεύχεσθε ...
- 引用原典で確認済み定本確認済み
定本確認済み: 自分を愛するように、あなたの隣人を愛しなさい
一次資料を開くMark 12:31 (NIV): 'Love your neighbor as yourself.' 'The second is this: Love yo...
- 引用原典で確認済み定本確認済み
定本確認済み: 御心が天に行われるとおり、地にも行われますように
一次資料を開くMatthew 6:10 (NIV): 'your kingdom come, your will be done, on earth as it is in ...
つながり
- アウグスティヌス
継承 — 『告白』(397-400)第8巻で回心の瞬間に庭でローマ書13:13-14を読み「肉を配慮して情欲を満たすことがないようにせよ」で回心。『神の国』(413-426)『三位一体論』(400-428)で新約聖書の神の愛(caritas)とロゴスのキリスト論を新プラトン主義の概念で神学的に体系化し、西方神学の基礎を築く
- トマス・アクィナス
継承 — 『神学大全』第三部(1272-73未完)でキリスト論・秘跡論を総合的に体系化、『黄金鎖(Catena Aurea)』では四福音書の教父註釈を集成、聖体祝日の聖務日課「Pange lingua」「Adoro te devote」等の典礼讃歌も作曲。キリストの教えをアリストテレス哲学の枠組みで整合的に記述する西方スコラの頂点
- マーティン・ルーサー・キング・ジュニア
継承 — バプテスト派牧師として神学博士号を持ち、「山上の垂訓」マタイ福音書5-7章の「敵を愛せよ」「右の頬を打たれたら左の頬を差し出せ」を公民権運動の中心倫理として繰り返し引用。『愛の力』(1963)『汝の敵を愛せよ』(1963)はイエスの倫理をガンジー的非暴力戦術と結合させた神学的政治実践の書
- マルティン・ルター
継承 — ルター『95ヶ条の提題』(1517)『キリスト者の自由』(1520)『ローマ書講義』(1515-16)はパウロのローマ書1:17「義人は信仰によって生きる」の再解釈から出発し、イエスの福音に「信仰のみ(sola fide)・聖書のみ(sola scriptura)・恩寵のみ(sola gratia)」で立ち返る宗教改革の綱領を定式化。中世スコラ神学の媒介を退け、福音と個人の信仰を直結する
さらに読むならFurther Reading
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イエス・ベン・ヨセフが歩いた街・記された碑・思索が残る館。 机から抜け出して一度、場所の側から哲学に触れてみる。
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