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ジョン・ロールズ

John Rawls·1921–2002·アメリカ·

自分がどんな立場に生まれるか分からないとき、 どんな社会を選ぶか?

無知のベールの背後から公正な社会契約を組み直した現代正義論の巨人

  • 正義論
  • 無知のベール
  • 公正としての正義

時代の空気

第一次大戦後の1921年、メリーランド州ボルチモアの法律家家庭に生まれた。大恐慌期に少年時代を過ごし、ジフテリアと肺炎で二人の弟を相次いで失う。1943年に陸軍歩兵として太平洋戦線に動員され、ニューギニア、ルソン島を経て占領下日本に入り、広島の惨状を目撃して伝統的キリスト教信仰を捨てた。戦後ハーヴァードで教えた1960-70年代は、公民権運動、ベトナム戦争、ジョンソン政権の「偉大な社会」が並走し、英米政治哲学は功利主義が支配的だった。『正義論』(1971)はその布置を塗り替え、冷戦終結後の多元化する民主社会で『政治的リベラリズム』(1993)へ展開する。

01ボルチモアの少年時代、二人の弟の死

1921年2月21日、メリーランド州ボルチモアで、ジョン・ボードリー・ロールズ(John Bordley Rawls)が生まれた。父ウィリアムは著名な法律家、母アンナ・アベルは婦人参政権運動と女性有権者同盟で活動した。五人兄弟の次男。

少年時代に、ロールズは二人の弟を相次いで失う。弟ボビーは1928年、ジョンがジフテリアをうつしてしまったために死去(ジョン7歳、ボビー5歳)。翌1929年には三男トミーが、ジョンから肺炎をうつされて死去した。この深い罪責感ざいせきかんは、後にロールズの家族や伝記作家が彼の宗教的・道徳的感受性かんじゅせいの源泉として語ることになる。

学校はボルチモアのカルヴァート・スクールから始まり、のちコネティカットのケント・スクールへ進んだ。家庭は上流中産階級の安定を備えていたが、幼い死の記憶はその安定を内側から裂いた。後年のロールズが、才能や家庭環境を「道徳的に偶然のもの」と呼ぶとき、そこには抽象的な平等論だけでなく、与えられた運の重さを幼くして知った人の沈黙がある。

1939年、プリンストン大学に進学。当初は神学と教職を志し、倫理神学と哲学を専攻した。卒業論文は宗教的・倫理的性格を帯び、若いロールズは一時、聖職者になる道も考えた。哲学への本格的傾倒は大学後半、ノーマン・マルコムの影響とウィトゲンシュタインの著作との接触の中で始まる。

02太平洋戦線、信仰との訣別

1943年、プリンストン卒業と同時に陸軍歩兵ほへいとして徴兵ちょうへいされた。ニューギニア、フィリピン(ルソン島)での戦闘を経て、1945年、占領軍として日本に入った。広島の原爆投下後の惨状さんじょうを含む戦争の現実を目撃した。

戦場での経験は、若きロールズの信仰に決定的な打撃を与えた。親しい従軍牧師じゅうぐんぼくしが「神の摂理せつり」で戦死者を説明しようとするのに反発し、彼自身の伝統的キリスト教信仰は崩れた。もう一つ、彼は仲間の兵士が不当と思われる理由で罰せられるのを見たと回想している。神が歴史を正しく配分しているという見方は、戦争の現場では耐えがたいものになった。後に書かれた自伝的断片『私の宗教について』("On My Religion", 1997年頃執筆、没後2009年出版)で、彼はこの時期の信仰喪失を回顧している。

1946年除隊、プリンストンで哲学の博士課程に戻った。博士論文は道徳的知識の性格についてで、1950年取得。1949年、ブラウン大学出身の画家マーガレット・フォックスと結婚した。家庭生活は表に出にくいが、彼女は草稿を読み、長い改稿期の伴走者となった。1952年から53年にかけて、フルブライト奨学金でオックスフォードのクライスト・チャーチに滞在、H・L・A・ハート、アイザイア・バーリン、スチュアート・ハンプシャーと交わった。英米分析哲学と政治哲学の融合が始まる。

03『正義論』への長い道、1971

1950年代から60年代にかけて、ロールズはコーネル(1953-59)、MIT(1960-62)、そして1962年からハーヴァードで教えた。1958年に発表した論文「」(Justice as Fairness, Philosophical Review)に、後の『』の骨格が既に現れていた。社会契約を、伝統的な自然状態ではなく、公平な選択状況として再構想する試み。

1971年、『正義論』(A Theory of Justice)がハーヴァード大学出版局から刊行される。ロールズ50歳。600ページを超える大著は、20年以上の講義と改稿の結晶だった。

中核装置は「」(veil of ignorance)である。社会の基本構造を選ぶ仮想的な「」において、人は自分がどの地位・性別・才能・時代に生まれるかを知らない。この情報的制約の下で、人々は何を正義の原理として選ぶか。ロールズは二つの原理を導き出した。第一に平等な基本的自由の原理。第二に――社会経済的不平等は、(a)機会の公正な平等の下で開かれた職務に付随し、(b)最も不遇な人々の利益を最大化するときにのみ、許される。

構成は三部からなる。第一部「理論」は原理の選択を論じ、第二部「制度」は立憲民主制、財産所有制民主主義、分配的正義を扱い、第三部「目的」は善・自尊・道徳心理学へ進む。ロールズにとって正義は罰や慈善の名ではなく、社会の「基本構造」、すなわち憲法、所有制度、教育、機会の配分を最初から組み立てる原理だった。

『正義論』は功利主義が支配していた戦後の英米政治哲学を一夜で作り直した。1974年、同じハーヴァードのロバート・ノージックは『アナーキー、国家、ユートピア』で、ロールズの再分配論に対し、個人の権利と最小国家の側から応答した。ドゥオーキン、ハーバーマス、センもそれぞれ平等、討議、能力の観点から応答し、自由主義・共同体主義論争の起点となった。

正義は社会制度の第一の徳である、ちょうど真理が思想体系の第一の徳であるように。

『正義論』第1章第1節「正義の役割」

04『政治的リベラリズム』――多元性の中の合意

『正義論』以降、ロールズは自分の理論への反論――とりわけ「包括的道徳説ほうかつてきどうとくせつを前提している」という批判――に応え続けた。20年の沈思ちんしの後、1993年、『』(Political Liberalism)を刊行した。

近代民主社会は「の事実」(reasonable pluralism)に貫かれている。宗教、世俗倫理、哲学的立場が互いに両立しないままに併存へいぞんする。ならば正義の構想は、どれか一つの包括的教説ほうかつてききょうせつ(カント主義、功利主義、キリスト教、等々)に依拠いきょしてはならない。異なる教説が自らの立場から支持できる形の政治的構想――「」(overlapping consensus)――を目指すべきだ。

この転回は、『正義論』のカント主義的読みを政治的に洗練したものだった。彼は自説を人生全体の善の教説として語るのを避け、立憲民主社会の市民が公的理由(public reason)として互いに差し出せる範囲に絞った。宗教者も世俗的自由主義者も、それぞれ異なる根から同じ政治的原理を支えることができる。その薄さは妥協ではなく、多元社会で争いを内戦にしないための節度だった。

さらに1999年の『』(The Law of Peoples)では、国内の二原理をそのまま世界へ拡張するのではなく、諸人民(peoples)を単位とした国際社会の原理を、非コスモポリタンな構想として論じ直した。リベラルな人民だけでなく「良識ある階層社会」を含める点は批判も受けたが、戦争、介入、人権、援助の限界を、国内正義とは別の平面で考える試みであった。

05晩年、死、影響

1995年、最初の発作的な脳卒中。以後も小さな発作が重なり、パーキンソン病も進んだ。発話は不自由になり、公開の場からしだいに退いたが、草稿の整理と短い応答は続けた。1999年、アメリカ国家人文科学メダルを受賞し、クリントン大統領から民主主義への信頼をよみがえらせた思想家として称えられた。

長年の教育者としても、ロールズは多くの弟子を育てた――トマス・ネーゲル、T・M・スキャンロン、クリスティン・コースガード。マーサ・ヌスバウムやアマルティア・センはハーヴァードの同僚として長く対話を重ねた相手である。講義でのロールズは自説を押し付けず、学生に反対意見を粘り強く擁護させたことで知られる。相手の議論を、相手自身よりも強い形にしてから批判する。この学問上の礼儀は、彼の政治哲学の作法そのものでもあった。

2002年11月24日、マサチューセッツ州レキシントンの自宅で心不全により死去、81歳。

ロールズが残したのは一つの答えではなく、一つの方法だった。自分の立場を棚上たなあげして、誰にとっても公正な制度を問う、という思考様式。21世紀になっても、グローバルな不平等、気候正義、AI倫理の議論は、無知のベールの変奏へんそうの中で展開されている。

06主要な出来事と著作

  1. ボルチモアに誕生。父は法律家、母は女性参政権運動家
  2. 二人の弟を相次いで失う
  3. 陸軍歩兵として太平洋戦線へ。占領下日本に駐留
  4. プリンストン大学で哲学博士号取得
  5. フルブライトでオックスフォード留学、ハートらと交流
  6. 論文「公正としての正義」発表
  7. ハーヴァード大学哲学科教授に就任
  8. 『正義論』刊行――無知のベールと格差原理
  9. 『政治的リベラリズム』刊行――重なり合う合意
  10. 『万民の法』刊行。アメリカ国家人文科学メダル受賞
  11. 11月24日、レキシントンで心不全により死去、81歳

残した思想の輪郭

  • 無知のベール ― 自分の特権と立場を棚上げして、公正な社会制度を選ぶ思考装置
  • 公正としての正義 ― 正義は所与の秩序ではなく、公平な手続きから構成される
  • 格差原理 ― 不平等が許されるのは、最も不遇な人々の利益を最大化するときだけ
  • 政治的リベラリズム ― 道理ある多元性を前提に、重なり合う合意を目指す正義の構想
  • 基本的自由の優先 ― 経済的繁栄と引き換えに基本的自由を犠牲にしてはならない
2002年11月、マサチューセッツ州レキシントンの自宅で心不全により死去、81歳。
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  • 文脈二次資料で確認済み研究上論争あり

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  • 抜粋原典で確認済み原典確認済み

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  • 抜粋原典で確認済み原典確認済み

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  • 出典原典で確認済み定本確認済み

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    一次資料を開く目次で Chapter 1 'Justice as Fairness' 配下に §1 'The Role of Justice' を確認。philoglyph ...

  • 引用原典で確認済み要旨訳

    要旨訳: quotes.ts rawls-2.text 「無知のヴェールのもとで、誰も自分の社会的地位も、階級も、自然的才能の分け前も、知性や体力さえも知らない」は John Rawls 'A Theory o...

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生きた跡を辿るPlaces

ジョン・ロールズが歩いた街・記された碑・思索が残る館。 机から抜け出して一度、場所の側から哲学に触れてみる。

  • ハーバード大学エマソン・ホール所属

    ケンブリッジ, アメリカ

    ロールズが『正義論』を執筆し、長年にわたり教鞭を執ったハーバード哲学科の本拠

  • マウント・オーバーン墓地墓所

    ケンブリッジ, アメリカ

    ロールズ夫妻の墓があるアメリカ初の庭園墓地。ハーバード大近く

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