レヴィ=ストロース
「野生の思考」は、 文明に劣るのか?
アマゾンの先住民と神話のなかに人類共通の構造を探り、文明観を転倒させた人類学者
- 構造主義
- 神話論理
- 野生の思考
時代の空気
1908年生まれ、二度の大戦と植民地体制の崩壊を貫いて生きた世紀の証人。1935年に教員派遣でサンパウロ大学へ渡り、ブラジル内陸のマト・グロッソやのちのロンドニア地域でボロロ・ナンビクワラを踏査した時期は、欧州ファシズムの台頭期にあたる。1940年のドイツ軍占領下でユダヤ系の彼はヴィシー政権に教職資格を剥奪され、1941年ロックフェラー財団の救援でニューヨークへ亡命、ブルトンらと同船した。戦後パリは実存主義と構造主義が交差し、1960年代以降アルジェリア独立など脱植民地化が進むなかで人類学の前提が問い直された。
01ブリュッセル生まれのフランス系ユダヤ人
1908年11月28日、ベルギーのブリュッセルで生まれた。画家の父レイモンは滞在先のブリュッセルで息子を迎えた後、まもなく家族を連れてパリ16区に戻った。両親はアルザス系ユダヤ人で、母方の祖父はヴェルサイユのシナゴーグのラビだった。音楽、文学、絵画に満ちた家庭で育った。祖父の家で聞いたワーグナーの『ニーベルングの指環』は、のちに『』の四部構成の背景音になる。
リセ・コンドルセ、パリ大学で哲学を学び、1931年に哲学のアグレガシオン(教授資格)に合格した。22歳(最年少合格者の一人)。当時の同期には哲学者モーリス・メルロ=ポンティ、シモーヌ・ヴェイユ、ポール・ニザンらがいた。リセで二年間哲学を教えたが、哲学への幻滅はすでに始まっていた。形式的な推論の空回りに退屈し、別の地平を求めた。
02サンパウロ、アマゾンへの旅
1935年、フランス政府の教員派遣計画でサンパウロ大学の社会学教授に招かれた。26歳。妻ディナと共に大西洋を渡った。任期は1938年まで。この間、彼はマト・グロッソ州と、のちにロンドニア州(1981年発足)となるアマゾン地域へ数度の踏査を行った。カドゥヴェオ(Caduveo)、ボロロ(Bororo)、ナンビクワラ(Nambikwara)、トゥピ=カワイブ(Tupi-Kawahib)の諸集団を訪ね、親族体系、身体装飾、神話、夢を記録した。
ナンビクワラの野営地で、彼は驚くべき場面を目撃する。文字を知らないはずの首長が、羽ペンで紙に波線を引く「書き真似」をして権威を演出した。文字が社会的権力にどう絡みつくか ― この観察はのちに『グラマトロジーについて』でデリダが詳細に論じる主題となる。旅の記憶は、十数年を経て『』(Tristes Tropiques, 1955)として結晶する。
03ニューヨーク亡命、ヤコブソンとの出会い
1939年、第二次世界大戦勃発でフランスに戻り、動員された。1940年のドイツ軍占領後、ユダヤ系であった彼はヴィシー政権下で教職資格を剥奪される。1941年、ロックフェラー財団の救援プログラムでマルセイユから船に乗り、ニューヨークに亡命した。同じ船にアンドレ・ブルトン、ヴィクトル・セルジュがいた。亡命中は社会研究のための新しい学校(New School for Social Research)内に1941年に設立された亡命知識人の自治的研究機関エコール・リーブル・デ・オート・エチュード(École Libre des Hautes Études)で教えた。
ここでの決定的出会いが、ロシアの言語学者ロマン・ヤコブソンとの邂逅だった。二人は隣室で教え、毎日のように議論した。ヤコブソンが説くソシュール、プラハ学派の音韻論 ― 音素は個別の実体ではなく、差異の体系のなかの関係として意味を持つ ― この発想が、レヴィ=ストロースに親族体系や神話を関係の構造として読む扉を開いた。「が生まれたのは、ニューヨーク公共図書館の片隅だった」と彼は後に振り返る。
04『親族の基本構造』1949
戦後パリに戻り、1948年に国家博士論文として『』(Les Structures élémentaires de la parenté)を提出、翌1949年に刊行された。副論文は『ナンビクワラ・インディアンの家族生活および社会生活』。
『基本構造』の中心命題は、インセスト禁忌(近親婚の禁止)が自然と文化の結節点にあるということだ。人類のあらゆる社会が、近親との交配を禁じる。これは生物学的事実ではなく、交換の規則である。自分の姉妹・娘を他の集団へ「贈り」、代わりに他集団から女性を受け取る。このが、言葉の交換・財の交換と並ぶ、社会を成立させる三つの基礎の一つだ ― モースの『贈与論』を、音韻論の発想で再構成する試みだった。
この論文でレヴィ=ストロースは国際的な人類学者として立ち位置を確立した。1950年には高等研究実習院(EPHE、第VI部がのちEHESSの母胎となる)第V部「無文字社会の比較宗教」研究指導職に就任した(系譜はモース→モーリス・ルーネ=ハルト→レヴィ=ストロース)。
05『悲しき熱帯』1955
1955年、出版社プロンからの依頼で自身のブラジル踏査を回想する書物を書いた。『悲しき熱帯』(Tristes Tropiques)。人類学書、旅行記、哲学的エッセイ、地質学的瞑想が渾然一体となった500ページの傑作である。冒頭の「私は旅行が嫌いだ、探検家が嫌いだ」という有名な書き出しから、西洋による「未開」社会の破壊への哀悼が貫かれている。
「文明と未開」「進歩と停滞」というは、ヨーロッパの幻想である、と彼は書いた。熱帯は「悲しい」。それは未開だからではなく、文明の接触によって固有の構造を失い続けているからだ。この書物は人類学書でありながらフランス文学界に衝撃を与え、ゴンクール賞の選考委員は「小説ではないが賞を与えたい」と公式声明を出した(規約で授与できなかった)。以後、国民的な文化人としての地位を獲得する。
06コレージュ・ド・フランス、『野生の思考』『神話論理』
1959年、50歳。コレージュ・ド・フランスの社会人類学講座教授に就任した。以後1982年まで、この椅子で講義を続ける。1960年、社会人類学研究室を創設。若い研究者たちを育てた。
1962年、『』(La Pensée sauvage)を刊行。「野生の思考」は未開人の思考ではなく、人類すべてが持つ具体の論理である、と彼は言う。ブリコルール(器用仕事人)が身の回りの物を組み合わせて新しい物を作るように、神話的思考は感覚的な具体物(動物、植物、星、色)を組み合わせて世界を構造化する。歴史・主体・実践を人間理解の特権的な場に置いたサルトル『弁証法的理性批判』に対し、歴史もまた一つのコードに過ぎず、野生の思考も分類と全体化の論理を持つと応じた。構造主義と実存主義的・人間主義的マルクス主義の対立を象徴する争点となる。
1964年から1971年にかけて、四巻の『神話論理』(Mythologiques)を刊行した。『生のものと火を通したもの』『蜜から灰へ』『食卓作法の起源』『裸の人』。南北アメリカの800近い神話を相互に変換される体系として分析する壮大な試みで、ワーグナーの四部楽劇のような構成を取った。
未開人の思考は、劣っているのではない、構造の仕方が違うのだ。
07アカデミー・フランセーズ、100歳
1973年5月24日、64歳でアカデミー・フランセーズ会員に選出された(モンテルラン後任、第29席)。右派的色彩の強いこの機関への加入を一部の左派知識人は訝しがったが、彼は「沈黙と儀礼の研究者」として、緑の礼服と剣に身を包んだ。
1982年にコレージュ・ド・フランスを退任。以後も自宅で書き続けた。『やきもち焼きの土器つくり』(1985)、『大山猫の物語』(1991)、『みる きく よむ』(1993)など、晩年まで著作を絶やさなかった。
2008年11月28日、100歳を迎えた。サルコジ大統領が訪問し、フランス全土で祝祭が行われた。翌2009年10月30日、パリ16区の自宅で老衰のため息を引き取った。四日後の11月3日、コート=ドール県の小村リニェロルの墓地に家族のみで埋葬された。アカデミー・フランセーズの鐘が鳴った。
08主要な出来事と著作
- ブリュッセルのユダヤ系フランス人家庭に誕生
- 哲学アグレガシオン合格。リセで哲学を教える
- サンパウロ大学社会学教授。マト・グロッソおよびアマゾンでボロロ・ナンビクワラらを踏査
- ニューヨーク亡命。ヤコブソンと出会い、構造主義を着想
- 国家博士論文『親族の基本構造』1948年提出、1949年刊行。EPHE第V部で研究指導職就任(1950年)
- 『悲しき熱帯』刊行。ゴンクール賞委員会が異例の声明
- コレージュ・ド・フランス社会人類学講座教授就任
- 『野生の思考』刊行、サルトル論争
- 『神話論理』四巻刊行
- アカデミー・フランセーズ会員選出(5月24日、第29席、64歳)
- コレージュ・ド・フランス退任
- 100歳を迎える。サルコジ大統領が自宅訪問
- 10月30日、パリの自宅で死去。リニェロル村の墓地に埋葬
残した思想の輪郭
- 構造としての親族 ― インセスト禁忌は女性交換の規則で、自然と文化の結節点に位置する
- 野生の思考(具体の論理) ― 神話的思考は未開の段階ではなく、人類共通の的論理
- 神話の変換体系 ― 個々の神話は独立せず、他の神話の変換として相互に結びつく構造を成す
- ブリコラージュ ― 手元の素材を組み合わせて意味を生む実践、西洋的な工学的設計とは別の知性
- 西洋中心主義の批判 ― 「未開」「文明」の二項対立は進歩史観の幻想であり、文化に優劣はない
- 構造主義の確立 ― 言語学の音韻論的発想を人類学へ移植し、60年代フランス思想の地形を一変させた
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入門野生の思考
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