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三島由紀夫·1925–1970·日本

美は、私にとって仇敵の如きものであった

『金閣寺』(昭和31年『新潮』連載)

この言葉の背景

昭和31年『新潮』連載、1950年の金閣寺放火事件を素材に、吃音を抱えた学僧溝口の独白で綴られた『金閣寺』の一節。幼い頃から父に聞かされた金閣の美は、近づけば遠のき触れれば責められる ― そのまま生きることを邪魔する何かとして彼の前に立ちはだかる。美を愛するとも憎むとも言わず、生の側から見て敵のような働きをなす、と書く冷えた言い回しに、戦後の三島が自身の身体と文学に対してとった張り詰めた距離が漏れている。

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  • 文脈二次資料で確認済み要旨訳

    要旨訳: 昭和31年『新潮』連載、1950年の金閣寺放火事件を素材に、吃音を抱えた学僧溝口の独白で綴られた『金閣寺』の一節。幼い頃から父に聞かされた金閣の美は、近づけば遠のき触れれば責められる ― そのまま生き...

    一次資料を開く三島由紀夫『金閣寺』新潮社、昭和31年 (1956) 連載、同年10月単行本刊行。新潮文庫版書誌。1950年金閣寺放火事件 (林養賢による) を素材化

  • 引用二次資料で確認済み要旨訳

    要旨訳: 人間は、もっと堕落せねばならぬのかもしれない。堕落することで、はじめて何かが見えてくるのかもしれない。philograph quotes.ts mishima-3.text は『仮面の告白』(昭和 2...

  • 抜粋二次資料で確認済み要旨訳

    要旨訳: 美は……美的なものはもう僕にとっては怨敵なんだ。

  • 抜粋二次資料で確認済み要旨訳

    要旨訳: 美は……美的なものはもう僕にとっては怨敵なんだ。

  • 出典二次資料で確認済み研究上論争あり

    研究上論争あり: mishima.mdx pullsource '『金閣寺』(昭和31年『新潮』連載)' は三島由紀夫『金閣寺』の連載媒体・年代記述として正確。新潮社『新潮』1956年(昭和31年)1月号〜10月号連載...

三島由紀夫の別の一句