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アンセルムス·1033–1109·中世ヨーロッパ(イタリア/英)

我は信ぜんがために知解せんと欲するのではなく、知解せんがために信ずるのだ

『プロスロギオン』第1章(1077-78年頃)

この言葉の背景

ノルマンディのベック修道院長だった40代半ばのアンセルムスが、食事も眠りも忘れた夜々の果てに、たった一つの論証で神の存在を導く方法を授かったと自ら記す『プロスロギオン』冒頭の祈り。信じることは思考を手放すことではなく、理解を探し続けるための場だった。「fides quaerens intellectum(理解を求める信仰)」と呼ばれるこの姿勢は、以後の存在論的証明の展開以上に、信と知のあいだで揺れる心の作法そのものとして読み継がれている。

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  • 文脈二次資料で確認済み研究上論争あり

    研究上論争あり: ノルマンディのベック修道院長だった40代半ばのアンセルムスが、食事も眠りも忘れた夜々の果てに、たった一つの論証で神の存在を導く方法を授かったと自ら記す『プロスロギオン』冒頭の祈り。信じることは思考を手...

  • 引用一次資料で確認済み原典確認済み

    原典確認済み: 我は信ぜんがために知解せんと欲するのではなく、知解せんがために信ずるのだ

    一次資料を開くProslogion, cap. 1 (= Proemium 末尾): 'Neque enim quaero intelligere ut credam, se...

  • 引用原典で確認済み定本確認済み

    定本確認済み: 神とは、それよりも偉大なものを考えることのできないものである(id quo maius cogitari non potest)

    一次資料を開くProslogion Caput II verbatim Latin: 'aliquid quo nihil maius cogitari possit' (A...

  • 抜粋原典で確認済み定本確認済み

    定本確認済み: 我々が信じる神、それより偉大なものが考えられないような何ものか(id quo nihil maius cogitari possit)、それは存在すると、我々は信ずる。

    一次資料を開くProslogion Caput II 'Quod vere sit Deus' verbatim Latin: 'Et quidem credimus te ...

  • 出典原典で確認済み定本確認済み

    定本確認済み: anselm.mdx pullsource '『プロスロギオン』第1章' の書誌は Anselmus Cantuariensis 'Proslogion' Caput II 'Quod vere si...

    一次資料を開くThe Latin Library は canonical Latin texts 集積、Schmitt edition ベース。Anselm Proslogi...

  • 出典原典で確認済み定本確認済み

    定本確認済み: anselm-1.source 表記『『プロスロギオン』第1章(1077-78年頃)』は完全に正確。Proslogion 執筆年 1077-1078年 (ベック修道院期) は学術 consensus ...

アンセルムスの別の一句