胡適·1891–1962·中国(民国)
「問題を多く研究せよ、主義を少なく語れ」
この言葉の背景
1919年7月20日『毎週評論』第31号に、コロンビア大学から帰国して間もない胡適が発表した論考の題にして主張である。同年8月から李大釗との間で「問題と主義」論争が展開し、中国における初期マルクス主義受容の方向を規定した。教条的なイデオロギー論議より、工場・農村・法制度など目の前の一つ一つの問題に具体的解決策を当てよ、というデューイ系プラグマティズムの主張であり、五四期の知的対立の焦点を示す。
胡適·1891–1962·中国(民国)
「問題を多く研究せよ、主義を少なく語れ」
1919年7月20日『毎週評論』第31号に、コロンビア大学から帰国して間もない胡適が発表した論考の題にして主張である。同年8月から李大釗との間で「問題と主義」論争が展開し、中国における初期マルクス主義受容の方向を規定した。教条的なイデオロギー論議より、工場・農村・法制度など目の前の一つ一つの問題に具体的解決策を当てよ、というデューイ系プラグマティズムの主張であり、五四期の知的対立の焦点を示す。