エピクテトス
自分の力の及ぶもの、 及ばぬものはどれか?
奴隷から解放されニコポリスで教えた、ストア派実践倫理の師
- 提要
- 語録
- 奴隷出身
- 自由意志
時代の空気
紀元1世紀後半から2世紀初頭のローマ帝国は、ネロ自殺(68年)、四皇帝の年(69年)、フラウィウス朝の安定を経てドミティアヌスの粛清に至る政治の不安定が続いた。奴隷売買が日常で、属州ギリシアの諸都市はアウグストゥス建設のニコポリスを含めローマの平和の下で経済活動が活発化、地中海各地から学徒を集めていた。皇帝ドミティアヌスは89/92/95年頃に元老院批判の知識人と哲学者をローマから追放し、エピクテトスもニコポリスへ移って学校を開いた。
01ヒエラポリスの奴隷の子
50年頃、小アジア・フリュギアの町ヒエラポリス(現在のトルコ・パムッカレ近郊)に生まれた。名はEpiktētos、ギリシア語で単に「所有された者」を意味する普通名詞である。本当の名前は伝わらない。奴隷は名前を主人から与えられ、生涯その呼び名で呼ばれた。
幼少期にローマに売られ、ネロ帝の秘書で解放奴隷のエパフロディトゥスの家に入った。エパフロディトゥスは後に皇帝の死の幇助者とされ、ドミティアヌス帝に処刑される人物である。エピクテトスは成人するまで彼の下で育ち、足を引きずる生涯の跛行はこの時期に主人の拷問または病気で負ったと伝わる(諸説あり、反キリスト教著述家ケルソス(二世紀)は主人が無慈悲に脚を捻じったのに対し「折れますよ」と冷静に予告したエピソードを伝える)。
主人は彼の知性を認め、高名なストア派哲学者ムソニウス・ルフスの講義に通わせた。ルフスは倫理の実践を重んじ、富裕な弟子にも労働と質素を説く師だった。奴隷の身分のままの少年に、ストア派の「力の及ぶものと及ばぬもの」の区別がゆっくりと染み込んでいった。第9章でエピクテトス自身が、足が不自由であることを嘆かず「跛行は脚の妨げであって意志()の妨げではない」と弟子に説いており、身体と意志を切り分けて生きることを、彼は自らの肉体で試し続けたのだった。
02解放、ローマでの教授
65年頃、エピクテトスは解放された。正確な時期は定かでないが、ネロの晩年(68年頃)までに自由人となり、ローマで哲学を教え始めたとされる。解放奴隷は法的には自由人でも、血筋あるローマ貴族とは違う場所に立つ。彼の教えに、評判、官職、財産を「我らのものではない」とする鋭さがあるのは、この中間的な身分感覚とも無縁ではない。
生活は質素だった。鉄製のランプで読書し、ドアに鍵もかけなかったと後に弟子が伝える。ある夜そのランプが盗まれたとき、彼はこう言ったという(以後は陶器のランプで済ませた)。「盗人は自分がランプの値段以上の代価を払った。嘘つきになったのだから」。
ローマでの授業は哲学の学校というより、若い官僚や軍人、富裕な市民への人生相談に近かった。政治の嵐の中で、どう心の平安を保つか。皇帝が変わるたびに生き方を変える必要はあるのか。帝国の首都に集まる不安な魂に、奴隷出身の哲学者は冷たく温かい答えを与えた。
03追放、ニコポリスの学校
89/92/95年頃(年は諸説)、皇帝ドミティアヌスはローマから哲学者を追放した。元老院への批判勢力を潰すためと言われる。エピクテトスはギリシア北西部イオニア海に面する植民市ニコポリス(勝利の町)に移った。ここはアクティウム海戦(BC31年)勝利を記念してアウグストゥスが建設した町である。
ニコポリスで彼は私塾を開き、残りの人生四十年近くをそこで過ごした。学校は華美ではなく、寝台代わりのわら敷き、机代わりの石。しかし弟子たちは帝国各地から集まった。その中にはのちに皇帝ハドリアヌスの友となる歴史家(後にクセノフォンに擬せられる名文家)がいた。
アッリアノスはエピクテトスの講義を速記で記録した。師は「書くのは恥ずかしい、話すだけで十分」と考えていた。師の死後、アッリアノスはその記録を『語録(Diatribai)』として八巻(うち現存は四巻)にまとめ、さらに要約版として『提要(Encheiridion)』を編んだ。「エンケイリディオン」は文字通り「手に握るもの=手引書」を意味する。
授業は穏やかな講話だけではなかった。『語録』では、彼はしばしば弟子を叱り、論理学を軽んじる者、修辞だけを求める者、哲学者らしい外見に酔う者を容赦なくたしなめる。ストア派の教室は慰めの場である前に訓練の場であり、表象を吟味し、同意を急がず、欲望と嫌悪の向きを毎日改める場所だった。
04『提要』の倫理――二つの区別
『提要』は53章からなる小冊子で、ストア派倫理の実践面を凝縮している。冒頭、第1章でエピクテトスはすべての基礎となる区別を提示する。
存在するもののうち、あるものは我々の力の及ぶものであり、あるものは及ばぬものである。考えと衝動と欲望と嫌悪、要するに我々自身の活動は、力の及ぶもの。肉体・財産・評判・官職、要するに我々自身の活動でないものは、力の及ばぬもの。
力の及ばぬものを自分のものと思い込むと、奴隷になる。力の及ぶものを正しく使うと、誰の支配も受けない。これが冒頭の一章で提示される。残りの52章は、この区別を友人関係、死、病、貧困、皇帝への恐怖、そして快楽と悲嘆の全領域に適用する稽古である。
この区別は、諦めの勧めではない。彼が求めるのは、外的な出来事を放置することではなく、判断と選択の座を取り戻すことである。病気、貧困、追放、死は「素材」であり、善悪はその素材をどう用いるかにかかる。だから彼の倫理には、自由、忍耐、神の恩恵という三本の柱がある。宇宙の秩序を神的なものとして受け、自分に配られた役をよく演じ、なお意志だけは売り渡さない。
第5章の「人を乱すのは事柄ではない、事柄についての考えである」は、20世紀のアーロン・ベックとアルバート・エリスの認知行動療法の遠い祖として引用される。感情は出来事から直接出てこず、出来事をどう表象(phantasia)するかを介して生じるという主張は、奴隷出身の哲学者の生活知恵として始まり、現代の臨床心理学まで届いた。
05自由と服従――奴隷哲学の逆説
エピクテトスの最大の主題は「自由(eleutheria)」である。しかし彼にとって自由は社会的身分ではない。奴隷でも自由でありうるし、皇帝でも奴隷でありうる。自由とは「力の及ぶものだけを欲する」ことである。
皇帝に殺されても、魂は殺されない。恋人に去られても、愛そのものは奪われない。他者に賞賛されても、賞賛は他者のもので自分のものではない。この二重の拒絶――恐怖の対象を恐れず、欲望の対象を欲しない――によって、奴隷の身体でも皇帝の玉座でも、同じ自由が可能になる。
彼はしばしば役者の比喩を用いる。劇の長短や配役は自分で決められない。乞食、病人、官吏、私人、どの役を与えられても、よく演じることはできる。ここでの忍耐は、屈服ではなく、役と自己を取り違えない技法である。プロハイレシス、すなわち選択する意志だけが、人間の砦として残る。
ドミティアヌスに追放された経験、拷問または病で足を不自由にした(と伝わる)経験、養子以外に家族を持たず独身を通した生涯。それらすべてが、抽象的な倫理ではなく身体で語られた哲学の根拠だった。
06伝承――皇帝アウレリウスへ
エピクテトスの死後、『語録』と『提要』は急速に読み継がれた。とりわけ皇帝マルクス・アウレリウス(121-180)は『自省録』第1巻で、恩師ルスティクスから「エピクテトスの覚え書き」を借りて読んだと感謝を捧げている。奴隷出身の哲学者の手引書が、二代後に帝国の頂点で読まれた。このことは「ストア派とは身分に依存しない」というエピクテトス自身の主張を、歴史が実証した形になった。
皇帝ハドリアヌスが彼を訪ね、尊敬したという伝承も残る。細部は確かめにくいが、アッリアノスがハドリアヌス期の高官であったことを考えれば、ニコポリスの小さな教室の声が宮廷の近くまで届いていたことは疑いにくい。
中世ではキリスト教化された形で『提要』が修道院で写本され、修道士の倫理書としても読まれた。神や摂理を語る箇所は、異教のストア派とキリスト教修養の接点を作った。近世では新ストア主義のユストゥス・リプシウスが再紹介し、パスカル、ショーペンハウアー、トルストイ、ジェームズ・ストックデール(ベトナム戦争捕虜の元米海軍中将)まで、救命の書として読み継がれている。
07主要な出来事と著作
- 小アジア・ヒエラポリスに奴隷として誕生
- ローマのエパフロディトゥス邸で育つ。ムソニウス・ルフスに師事
- 解放される。ローマで哲学を教え始める
- ドミティアヌス帝の哲学者追放令でニコポリスへ移住(時期は諸説)
- アッリアノスが弟子となり、講義を速記で記録
- 皇帝ハドリアヌスの訪問を受けたと伝わる
- ニコポリスで死去。享年85前後
- アウレリウスが『自省録』第1巻でエピクテトスへの感謝を記す
残した思想の輪郭
- 二つの区別 ― 力の及ぶものと及ばぬものを分け、前者にのみ関心を集中する
- 心の平静(ataraxia) ― 外的事柄への判断を留保することで得られる内面の自由
- プロハイレシス ― 「選択する意志」こそが人間の本質であり、何人にも奪われない
- 身分を超えた自由 ― 奴隷でも自由でありうるし、皇帝でも奴隷でありうる
- 認知的倫理 ― 出来事と反応の間に「表象(phantasia)」を置き、そこに自由の余地を見る
出典と確認メモ
7件- 文脈原典で確認済み定本確認済み
定本確認済み: quotes.ts epictetus-1.context (フリギア生まれ、ネロ宮廷エパフロディトスの奴隷、ストア派ムソニウス・ルフスに学ぶ、ドミティアヌス追放令でニコポリス移住、弟子アリアノスが筆...
一次資料を開くEnchiridion Section V: 'Men are disturbed not by things, but by the views which ...
- 人物情報二次資料で確認済み要旨訳
要旨訳: 幼少期にローマに売られ、ネロ帝の秘書で解放奴隷のエパフロディトゥスの家に入った。エパフロディトゥスは後に皇帝の死の幇助者とされ、ドミティアヌス帝に処刑される人物である。エピクテトスは成人するまで彼の下...
一次資料を開くNew Advent 公開英訳。Contra Celsum VII.53 で Celsus が伝える Epictetus 脚捻り episode の prima...
- 解釈原典で確認済み要旨訳
要旨訳: フリギア生まれ・解放奴隷としてローマでムソニウス・ルフスに学んだエピクテトスが、ドミティアヌス哲学者追放令でエペイロスのニコポリスに移り学塾を開き、弟子アリアノスが筆記した『語録』全四巻の教えを短く要...
一次資料を開くGreek primary: 'Ταράσσει τοὺς ἀνθρώπους οὐ τὰ πράγματα, ἀλλὰ τὰ περὶ τῶν πραγμάτ...
- 抜粋原典で確認済み定本確認済み
定本確認済み: 存在するもののうち、あるものは我々の力の及ぶものであり、あるものは及ばぬものである。考えと衝動と欲望と嫌悪、要するに我々自身の活動は、力の及ぶもの。肉体・財産・評判・官職、要するに我々自身の活動でない...
一次資料を開くMIT Classics 公式 digital。Encheiridion Ch.1 全文 (Carter 訳): 'Some things are in our...
- 抜粋原典で確認済み定本確認済み
定本確認済み: 人間を乱すのは事柄ではない、事柄についての考えである
一次資料を開くMIT Classics Internet。Enchiridion Ch.5 (Carter 1758 英訳): 'Men are disturbed, not...
- 出典原典で確認済み定本確認済み
定本確認済み: epictetus.mdx pullsource '『提要』第5章' は Epictetus Encheiridion Chapter 5 (希: Tarassei tous anthrōpous o...
一次資料を開くMIT Classics Internet 公式。Encheiridion Ch.5 'Men are disturbed, not by things, bu...
- 引用原典で確認済み定本確認済み
定本確認済み: 物事には、我々の力の及ぶものと及ばないものがある
一次資料を開くMIT Classics Internet 公式 digital。Enchiridion Chapter 1 opening: 'Some things are...
つながり
全体のつながりを見る →さらに読むならFurther Reading
エピクテトスの思索に近づく、手に取って損のない版を三冊まで。 岩波・ちくま・講談社学術文庫を基本に、原著または定評ある英訳を一冊添えています。
入門エピクテトス 人生談義(上・下)
エピクテトス / 訳: 國方栄二 / 岩波文庫
Amazonでこの版を探す →原著 / 英訳Discourses and Selected Writings
Epictetus / 訳: Robert Dobbin / Penguin Classics
Amazonで原著を探す →
※ 広告 (Amazon アソシエイト)。リンクから書籍を購入されると、 PhiloGlyph に紹介料が支払われる場合があります。詳細は プライバシーポリシー および 利用規約 を参照してください。
生きた跡を辿るPlaces
エピクテトスが歩いた街・記された碑・思索が残る館。 机から抜け出して一度、場所の側から哲学に触れてみる。
- 古代ニコポリス遺跡ゆかり
プレヴェザ, ギリシャ
紀元93年頃、皇帝ドミティアヌスの哲学者追放令を受けここへ移り、135年までストア派の学校を営んだ
さらに辿るならExternal References
エピクテトスを別の角度から辿るための外部リンクを並べています。 百科事典・原典アーカイヴ・記念館など、出典はそれぞれ性格が異なります。 リンク先のアクセス条件(閲覧のみ可、要登録、借覧制限など)は サイト側の表記を参照してください。
WikipediaWikipedia 日本語版「エピクテトス」項
WikipediaEnglishWikipedia English — "Epictetus"
Stanford Encyclopedia of PhilosophyEnglishStanford Encyclopedia of Philosophy — "Epictetus"
Internet Encyclopedia of PhilosophyEnglishInternet Encyclopedia of Philosophy — "Epictetus (55–135 C.E.)"
Project GutenbergEnglishThe Enchiridion(Thomas Wentworth Higginson 英訳)— Project Gutenberg
『提要(エンケイリディオン)』英訳
修正を提案する Send a correction
一次資料で確認できる事実誤認は優先して確認します。解釈差異は編集判断です。
修正フォームを開く ▸