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風土の知恵

吉野源三郎

Yoshino Genzaburō·1899–1981·日本·

「君は」と書き続けた手は、戦前から戦後まで 読み手に何を渡してきたか。

1937 年、日中戦争が始まった年に書かれた児童書のなかで「コペル君、君は」と問うた手は、その後 35 年、雑誌『世界』編集長として戦後の知識人に同じ二人称を投げ返し続けた。

  • 児童文学
  • 編集者
  • 戦後民主主義
  • 倫理
  • 近代日本

主要作品Works Timeline

  1. 1935
    日本少国民文庫(全 16 巻)編集(新潮社 書籍叢書)
    山本有三が編集主幹、吉野は実務担当。最終巻が『君たちはどう生きるか』。
  2. 1937
    君たちはどう生きるか著書(新潮社)
    「日本少国民文庫」第 16 巻として刊行。少国民向けに「どう生きるか」を問う。
  3. 1946
    世界(岩波書店、初代編集長 1946-1949)編集(岩波書店 雑誌)
    1946 年 1 月号で創刊。戦後民主主義の中核誌となる場を組んだ。
  4. 1958
    世界(編集長復帰、1958-1965)編集(岩波書店 雑誌)
    60 年安保・ベトナム戦争前夜、丸山眞男・大江健三郎らの寄稿を組む。
  5. 1974
    同時代のこと ―ヴェトナム戦争を忘れるな―著書(岩波新書 青版 C-43)
    雑誌『世界』掲載論考を集約。編集者としての civic stance を示す。
  6. 1989
    職業としての編集者著書(岩波新書 新赤版 65)
    1981 年没後刊行。『世界』『日本少国民文庫』の編集論。
  7. 2017
    漫画 君たちはどう生きるか著書(マガジンハウス 漫画)
    羽賀翔一 画、320 頁。1937 年原作の散文を漫画に翻訳。

時代の空気

1899年生まれの吉野源三郎が青年期を迎えた東京には、大正デモクラシーの言論、関東大震災後の不安、治安維持法以後の思想統制が同居していた。1937年、日中戦争が始まる年に『君たちはどう生きるか』は「日本少国民文庫」の一冊として刊行される。戦後は1946年創刊の岩波『世界』で、占領下の民主化、冷戦、安保闘争、ベトナム戦争を知識人の言葉が引き受ける場が作られた。児童書と総合雑誌が、同じ問いを別の読者へ渡していた時代だった。

問いの輪郭

吉野源三郎の名は、一冊の児童書とともに記憶されている。1937 年、新潮社「」第 16 巻として刊行された。表題のなかに二人称が組み込まれているこの本では、物語と省察が二段に編まれた構造のなかで、叔父がノートに書き残す言葉が繰り返し「君は」と呼びかける。「、君はいったい、どんな人になるつもりなんだろう」(岩波文庫青版 1101-1)。

問いが向けられているのは、物語のなかでは主人公のコペル君だが、ページを開く読み手にも同じ角度で届く。一冊の児童書のなかで完結したように見えるこの「君は」の呼びかけは、しかし吉野自身のなかでは終わっていなかった。彼が同じ二人称の問いを、戦後の編集者としての仕事のなかで、別の読者へ投げ返し続けたことが、彼の生涯の輪郭である。

1937 — コペル君と「君は」

1937 年、日中戦争が始まった年である。同年、新潮社『日本少国民文庫』の最終巻として刊行された『君たちはどう生きるか』は、もともと山本有三が企画した児童文学叢書であり、最終巻の執筆は吉野が担当することになった。本作のなかで、コペル君はデパートの屋上から銀座を見下ろし、人間が「分子のように」動く様を眺めながら、社会全体を網目として把握しようとする。叔父は後からこれを「」と呼び、それがコペル君というあだ名の由来になる。

物語の進行と並行して挟み込まれる「」のなかには、こう書かれている。「自分が、本当に何を感じているのか、何を考えているのか、何を欲しているのか、ということを、いつでもごまかさず、はっきりと見つめてゆこう」(同前)。叔父という物語内の声を通して、本文は読み手にも届くように組まれている。社会認識と自己感覚の往復、という本作の構造を最も簡潔に示す一節である。

同じ「叔父さんのノート」のなかには、英雄観の相対化も書かれている。「英雄や偉人といわれる人々の生涯にも、まったく時代をのりこえることの出来なかった人々と、いくらかでもそれをのりこえることの出来た人々と、二種類あるということなんだ」(同前)。1937 年の少国民向け児童書のなかに、ナポレオンを無批判に称揚しない眼差しが組まれていたことの意味は、書かれた年そのものから立ち上がってくる。

1946 と 1972 — 編集者として「君は」を投げ返した

戦後、吉野は児童文学の著者から編集者の職に移っていく。1946 年に岩波書店の月刊総合誌を創刊、初代編集長を務めた。後年、彼はこの創刊期の方針を次のように振り返っている。「『世界』を出すにあたって、われわれは何よりも、戦争を再びおこさせないということを最大の目標とした」(『職業としての編集者』岩波新書、1989 年没後刊行)。同誌は以後、丸山眞男ら戦後思想の論客が長期にわたって執筆する場となり、吉野は編集者としてその場の組み立てに深く関わった。

1972 年に出版されたでは、吉野はこう書いた。「私は、現代日本における最大の罪悪の一つは、の放棄であろうと考える」(岩波新書黄版 25)。「平和」を抽象的なスローガンとしてではなく、読み手一人一人の「責任」として書き直す書き方は、35 年前の児童書に置かれた「自分で自分を決定する力をもっている」(『君たちはどう生きるか』)という一節と、似た角度から書かれているように読める。

二人称の呼びかけは、戦後の編集者としての仕事のなかで、児童ではなく成人読者に向けられている。だが、読み手に責任を引き取らせる構造そのものは、35 年の時間を挟んでも連続して読める。

半世紀後の隣人

この姿勢は、彼自身が没した 1981 年以後にも、別の読み手の側で受け継がれていった。

ひとつは、宮崎駿である。宮崎は、子どものころに読んだ一冊の本を生涯にわたって反芻してきたと語る。岩波少年文庫を語った『本へのとびら 岩波少年文庫を語る』(岩波新書、2011)には、岩波少年文庫には収録されていないこの題名がそれでも繰り返し顔を出す。2023 年に発表された同題の長編アニメーション映画は、吉野書の映画化ではない——下敷きはアイルランド人作家による別の児童文学だと宮崎本人が語っている——が、母が遺した本としてその一冊が画面に置かれるとき、1937 年の児童書が一人の読み手のなかで半世紀以上たどられ続けたことが、別の作品のかたちで姿を見せる。

そして、その宮崎駿の映画の主題歌として、米津玄師は楽曲「地球儀」(2023)を 4 年かけて書いた。米津自身が吉野書を読んだという primary source は確認できない。本文でこの線を引けるのは、宮崎の映画を介した間接的な隣接としてだけである。1937 年の児童書から、1940 年代後半に読んだ少年、2023 年の映画とその主題歌、という時間距離のなかに「君たちはどう生きるか」という表題が別のメディアの位置でなお置かれていた、という事実描写に留まる。

吉野自身も、戦後岩波少年文庫の編集に編集部役員として関与している。1950 年代以降、宮沢賢治をはじめとする日本児童文学のカノンが少年文庫の枠で体系化されていく過程のなかに、賢治もまた読者へ届く位置に置かれた。これは思想的影響というより、編集者としての判断の積み重ねが残した編集史の事実として置けるものである。

問い続ける編集者

吉野源三郎の半世紀を、児童文学者と戦後民主主義の知識人という二つのラベルに分けてしまうと、見えなくなるものがある。コペル君に向けられた「君は」と、1972 年の読者に向けられた「責任の放棄」が、別々の文体ではなく同じ二人称の角度から書かれていたという事実である。

著者として書き、編集者として並べ、知識人として論じる。三つの仕事のあいだに、彼の「君は」は響き合うように置かれていた。児童に向けられたときも、戦後社会に向けられたときも、読み手の側へ位置を引き取らせる呼びかけであることが、別の文体に書き直されながら続いていた。

問いは答えを差し出さない。差し出されているのは、答える側の位置だけである。1937 年の児童書のなかで叔父がコペル君に書いた「われわれは、自分で自分を決定する力をもっている」という一節は、後年の編集者の仕事の傍にも、別の読み手の側にも、別の言葉のかたちで残っている。

本ページは PhiloGlyph による作品越しの独自解釈です。 ご本人の見解を代表するものではありません。 本文の引用・解釈に誤りや、追加すべき出典があれば、ページ末尾の「修正を提案する」よりお寄せください。

出典 Citations

  1. 著書

    代表作本文。NDL で新潮社版を確認し、岩波文庫版の底本系譜も CiNii / NDL で確認。検証日: 2026-05-05。作品経由の倫理・社会認識を読むための primary source。

    吉野源三郎『君たちはどう生きるか』新潮社 / 岩波文庫, 1937

  2. 著書

    児童向けに真理・尊厳・社会思想を語る著作。NDL で著者・出版社・出版年月を確認。検証日: 2026-05-05。『君たちはどう生きるか』後の語り口を確認する。

    吉野源三郎『人間の尊さを守ろう』牧書店, 1959

  3. 著書

    岩波新書として流通する同時代認識の論集。聖学院大学 OPAC / 楽天ブックス書誌で著者・出版社・1974 年刊行・ISBN を確認。検証日: 2026-05-05。編集者としての現代史認識を確認する。

    吉野源三郎『同時代のこと ヴェトナム戦争を忘れるな』岩波新書, 1974

  4. 著書

    編集者としての回想と遺稿を編んだ書。e-hon / 図書館書誌で岩波書店・1989 年・ISBN を確認。検証日: 2026-05-05。岩波新書・世界編集長としての自己理解を読む。

    吉野源三郎『職業としての編集者』岩波新書, 1989

  5. 著書

    『世界』編集後記集。CiNii で著者・出版社・出版年・NDL デジタルコレクション連携を確認。検証日: 2026-05-05。戦後平和思想の一次的編集文脈を確認する。

    吉野源三郎『平和への意志 『世界』編集後記 1946-55年』岩波書店, 1995

つながり

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