本居宣長·1730–1801·日本
「敷島の大和心を人問はば朝日に匂ふ山桜花」
この言葉の背景
寛政2年(1790)、61歳の本居宣長が松阪の鈴屋で描かれた自画像の賛として自ら記した歌。『古事記伝』の執筆も終盤に入った晩年、宣長は大和心を理屈で説くのではなく、朝日に照らされて静かに香る山桜の姿に重ねて見せた。漢意に対する日本の心をめぐる国学の主題を、論争的な定義ではなく一輪の花の匂いに託した言い回し。のちに偏った国家観に引かれて誤読もされたが、本人の筆致はどこまでも、朝の光のなかで花を見る人の感嘆に寄り添うものである。
出典と確認メモ
5件- 著作原典で確認済み研究上論争あり
研究上論争あり: 寛政2年(1790)、61歳の本居宣長が松阪の鈴屋で描かれた自画像の賛として自ら記した歌。『古事記伝』の執筆も終盤に入った晩年、宣長は大和心を理屈で説くのではなく、朝日に照らされて静かに香る山桜の姿に...
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原典確認済み: 敷島の大和心を人問はば朝日に匂ふ山桜花。
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原典確認済み: 敷島の大和心を人問はば朝日に匂ふ山桜花
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原典確認済み: 宣長自詠(寛政2年、61歳の自画像に記す)
- 要旨訳原典で確認済み要旨訳
要旨訳: 物のあはれを知るといふ事、すべて何事にまれ、身にふれ心にあたるにつきて、その事その物の心をわきまへ知る、これ物のあはれを知る也
一次資料を開く岩波文庫 子安宣邦校注の宣長歌論集。『紫文要領』本文を含む標準校訂テキストとして引用される。philoglyph quotes.ts norinaga-2 の ...