概念 · CONCEPT
隆中対りゅうちゅうたい
天下三分の計
建安12年(207年)三顧の礼に応じた諸葛亮が劉備に献じた長期戦略で、北の曹操とは正面から争わず東の孫権とは結び、荊州と益州を取って天下を三分し、変あらば中原を伺うとした構想である。以後の劉備集団の行動指針となり、208年の赤壁同盟、214年の蜀入り、221年の蜀漢建国へと事実上具現化した。
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天下三分の計
建安12年(207年)三顧の礼に応じた諸葛亮が劉備に献じた長期戦略で、北の曹操とは正面から争わず東の孫権とは結び、荊州と益州を取って天下を三分し、変あらば中原を伺うとした構想である。以後の劉備集団の行動指針となり、208年の赤壁同盟、214年の蜀入り、221年の蜀漢建国へと事実上具現化した。