観阿弥·1333?–1384·日本(南北朝)
「老骨に残りし花」
この言葉の背景
死の十五日前、駿河・浅間の御前での法楽。演目の多くを若い世代に譲り、易しいところだけを控えめに舞った52歳の観阿弥に、「花は弥増しに見えしなり」と世阿弥は書いた。枝葉が落ち老木になっても散らずに残る花 — 若さの魅力(時分の花)と区別される「まことの花」の、生きた証拠として記録された。
観阿弥·1333?–1384·日本(南北朝)
「老骨に残りし花」
死の十五日前、駿河・浅間の御前での法楽。演目の多くを若い世代に譲り、易しいところだけを控えめに舞った52歳の観阿弥に、「花は弥増しに見えしなり」と世阿弥は書いた。枝葉が落ち老木になっても散らずに残る花 — 若さの魅力(時分の花)と区別される「まことの花」の、生きた証拠として記録された。