概念 · CONCEPT
ポワシー修道院避難ポワシーしゅうどういんひなん
1418年からの沈黙
1418年、イングランド軍と結んだブルゴーニュ派がパリに入城し市内で流血が続いた際、アルマニャック派寄りの王太子(後のシャルル7世)に近かったクリスティーヌが54歳でパリを離れ、娘マリーがドミニコ会修女として暮らすポワシーの王立修道院に身を寄せたことを指す。ここで彼女はおよそ十一年沈黙し、1429年の『ジャンヌ・ダルク賛歌』で筆を再開した。
概念 · CONCEPT
1418年からの沈黙
1418年、イングランド軍と結んだブルゴーニュ派がパリに入城し市内で流血が続いた際、アルマニャック派寄りの王太子(後のシャルル7世)に近かったクリスティーヌが54歳でパリを離れ、娘マリーがドミニコ会修女として暮らすポワシーの王立修道院に身を寄せたことを指す。ここで彼女はおよそ十一年沈黙し、1429年の『ジャンヌ・ダルク賛歌』で筆を再開した。