書物 · WORK
土宜法竜宛書簡どきほうりゅうあてしょかん
南方マンダラ書簡群
明治三十六年から三十八年(一九〇三–〇五)を中心に、南方熊楠が高野山真言宗の僧・仏教学者である土宜法竜にあてて送った長文書簡群である。物・心・事の三者が網状に絡み合う構造を鉛筆で描いたスケッチ(後に「南方マンダラ」と呼ばれる)が手紙のなかに挟み込まれ、密教の縁起観と粘菌・民俗の観察を一つに溶かした独自の知の構造論が展開されている。
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南方マンダラ書簡群
明治三十六年から三十八年(一九〇三–〇五)を中心に、南方熊楠が高野山真言宗の僧・仏教学者である土宜法竜にあてて送った長文書簡群である。物・心・事の三者が網状に絡み合う構造を鉛筆で描いたスケッチ(後に「南方マンダラ」と呼ばれる)が手紙のなかに挟み込まれ、密教の縁起観と粘菌・民俗の観察を一つに溶かした独自の知の構造論が展開されている。