概念 · CONCEPT
細川家客分ほそかわけきゃくぶん
晩年武蔵の処遇
寛永十七年(一六四〇年)頃、武蔵が肥後熊本藩主細川忠利に招かれて受けた客分待遇で、家臣ではなく客人として三百石相当の合力米と千葉城下の居宅を与えられた。忠利の急逝後は嗣子光尚のもとで遇され、霊巌洞での『五輪書』執筆と水墨画・書の晩年作はこの庇護下に生まれた。
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晩年武蔵の処遇
寛永十七年(一六四〇年)頃、武蔵が肥後熊本藩主細川忠利に招かれて受けた客分待遇で、家臣ではなく客人として三百石相当の合力米と千葉城下の居宅を与えられた。忠利の急逝後は嗣子光尚のもとで遇され、霊巌洞での『五輪書』執筆と水墨画・書の晩年作はこの庇護下に生まれた。